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金属組織写真賞
第65回金属組織写真賞応募作品 選評
本年度の応募は、1.光学顕微鏡部門3件、2.走査電子顕微鏡部門9件、3.透過電子顕微鏡部門4件、4.顕微鏡関連部門4件、合計20件であった。
選考は例年のように2段審査方式とした。その結果、優秀賞2件(第1部門、第4部門該当なし、第2、3部門各1件)と奨励賞4件(第1部門1件、第2部門2件、第4部門1件)が選出され、更に第3部門の優秀賞1件は、特に優れた作品として最優秀賞に選ばれた。
最優秀賞作品の「リチウムイオン電池正極材LixFePO4の2相分布解析」は、充放電中に2相分離反応を示すリチウムイオン電池材料において、その粒子内での2相分離挙動を、精密に準備された平坦な粉末薄片試料を使用し、原子分解能HAADF-STEM像を得て、そのGPA解析から相境界の存在、そして相分布について示した。さらに、得られたABF-STEM像とその計算像からLi原子列の存在箇所および各相でのLi濃度の定量化の可能性を示しており、学術的価値が高いと評価された。
優秀賞の「Al-Co-Ni近似結晶の構造とCo、Ni原子の規則配列」は、Co-Ni近似結晶内のCoとNi原子を、収差補正電子顕微鏡に装備したエネルギー分散型X線分光分析法(EDS)を用いて、Al-区別して写し出した。コンタミネーションを避けるために、EDSデータを取り込む毎に試料移動を行い、電子顕微鏡のモニターの正確な位置に結晶の単位胞を持ってくるという精密な方法を導入して60個のデータを積分することによって、原子分解能EDSマッピングを得たもので、その技術価値は大きい。
奨励賞4作品のうち第1部門の「二相ステンレス鋼のσ相析出と、それによるフェライト相の優先的腐食」は、エッチング条件を工夫して、σ相を含む各相が識別可能な試料を作製して、電気化学的な腐食試験を行い、腐食表面に残留したσ相と一部のフェライト相の関係から、フェライト相の優先腐食が起こることを明瞭に可視化した。第2部門の「{100}面においてへき開の生じたフェライト鋼の結晶粒」は、熱間圧延を制御して粗大な結晶粒を有するフェライト・パーライト鋼を作製し、その後、焼ならしによってパーライト中のセメンタイトを粒状化した鉄鋼材料を、液体窒素環境下で破壊試験して、2面以上のフェライトのへき開面が{100}面上に形成していることを同一視野に収めた貴重な走査電子顕微鏡像であり、その資料的価値は極めて高い。同じく第2部門の「サブミクロングリッドを用いた二次元的粒界辷り及び付随現象の局所観察」は、メカニカルアロイングで作製したODSフェライト鋼を伸長した結晶粒を有する再結晶組織を用いて、その試料表面に集束イオンビーム(FIB)を用いて幅0.4mmのサブミクロングリッドを描き、引張試験での二次元的な粒界辷り挙動の可視化および結晶粒内、粒界近傍、粒界三重点での変形量の算出に成功した。第4部門の「BNフラワーのHeイオン顕微鏡像」は、BおよびNをドープしたFe-Cr-Ni合金基板を超高真空中で1000°Cに保持後室温に冷却することで、その表面に析出した六方晶h-BNシートを得て、走査型ヘリウムイオン顕微鏡による二次電子像観察によって7層の積層膜であることを確認することに成功した。
今回もいずれの作品も力作ぞろいであり、選に漏れた作品の中にも、学術的に高い価値の作品も含まれており、賞の選定には苦労した。なお、和文誌や欧文誌に優れた組織写真が掲載されているケースも多数見受けられるので、編集委員会からの推薦などの方法も取り入れ、応募作品の裾野を広げていく努力が必要である。
金属組織写真賞委員会委員長
松田健二(富山大学)
受賞結果 | 最優秀賞 1件 優秀賞 2件 奨励賞 4件 |
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応募作品数 | 【第1部門】 3件 【第2部門】 9件 【第3部門】 4件 【第4部門】 4件 |
最優秀賞
リチウムイオン電池正極材LixFePO4の2相分布解析
応募部門
第3部門 透過電子顕微鏡部門
応募者・共同研究者
中村 明穂, 東京大学大学院工学系研究科
古月 翔, 東京大学大学院工学系研究科
西村 真一, 東京大学大学院工学系研究科
藤平 哲也, 東京大学大学院工学系研究科
佐藤 幸生, 東京大学大学院工学系研究科(現 九州大学)
柴田 直哉, 東京大学大学院工学系研究科
山田 淳夫, 東京大学大学院工学系研究科
幾原 雄一, 東京大学大学院工学系研究科
作品の説明
リチウムイオン電池(Lithium Ion Battery:LIB)に使用される電極材の多くは2相共存反応を示すことが知られており、異なるLi組成領域を隔てる相境界の粒内移動によって充放電反応が進行する。電極材設計の観点から、各電極粒子内部における相境界分布、および詳細な境界構造の決定は、電池特性の最適化に向けた非常に重要な課題となっている。本研究では2相共存反応を示す代表的なLIB正極材であるLixFePO4(0<x<1)(1)について、粒子~原子分解能スケールにわたる粒内相分布の実空間解析を行った結果を示す。固相反応法によりLixFePO4粉末を合成し、酸化剤を用いた部分的Li脱離によって各粒子内部に異相境界を導入した。樹脂包埋法によるTEM試料化の後、日本電子製のJEM-2010HC、及びCs-corrector/Cold-FEGを搭載したJEM-ARM200Fを用いた観察を行った。
図1(a)に、部分的Li脱離後の粒子の低倍TEM明視野像を示す。電子回折による解析結果と合わせ、欠陥を含まない粒子内部はLi-rich相(Li1-βFePO4)、多数のクラックを含む外殻部はLi-poor相(LiαFePO4)であると同定された (2)。本系における1次元的なLi拡散 (3)、及び2相間の巨大な異方的格子不整合(4)が、このような特徴的な相分布・クラック導入の主因であると考えられる。相境界面のより正確な位置を決定するため、クラック終端部近傍の高角環状暗視野(HAADF)STEM像(図 1(b))に対し Geometrical PhaseAnalysis (GPA) (5)を適用した。結果を相対格子定数マップ(α軸方向)として図1 (c)に示す。Li-poor相(shell領域)における格子の収縮により、HAADF像中では不明瞭である異相境界位置を容易に可視化することができる。さらに図2(a)-(d)には、両バルク相の[001]HAADF像、及び同時取得した環状明視野(ABF)STEM(6)像を示す。軽元素敏感な ABF-STEM法を用いることにより、HAADFではコントラスト差として現れないLi原子列の有無(図2(e))を明瞭に判別することができる。この結果より、原子分解能においても局所的な構造・組成の同時解析が可能であることが示唆される。電子エネルギー損失分光法(EELS)・STEM像計算等との併用により、局所Li組成の定量的な導出、並びに異相境界部におけるLi組成勾配解析も可能であると考えられる。
文献
(1) R. Malik et al.: J. Electrochem. Soc., 160(2013), A3179-A3197.
(2) A. Nakamura et al.: Chem. Mater., 26(2014), 6178-6184.
(3) S. Nishimura et al.: Nat. Mater., 7(2008), 707-711.
(4) A. S. Andersson et al.: Solid State Ionics, 130(2000), 41-52.
(5) M. J. Hytch et al.: Ultramicroscopy, 74(1998), 131-146.
(6) S. D. Findlay et al.: Appl. Phys. Lett., 95(2009), 191913.
優秀賞
Al-Co-Ni近似結晶の構造とCo、Ni原子の規則配列
応募部門
第3部門 透過電子顕微鏡部門
応募者・共同研究者
安原 聡, 日本電子(株)EM事業ユニット
湯葢 邦夫, 東北大学金属材料研究所
平賀 賢二, 東北大学名誉教授
作品の説明
序論:広いCo/Ni組成比領域のAl-Co-Ni合金に構造の異なる6種類の2次元準結晶が発見されて以来、CoとNi原子の規則配列がそれらの構造の安定性に重要な役割を担っていると考えられてきた。しかし、原子番号の隣同士のCoとNi原子の区別は難しく、解けない課題として残ってきた。本研究は、Al-Co-Ni2次元準結晶に密接に関連した近似結晶に対して、収差補正電子顕微鏡によるhigh-angle annular detector dark-field (HAADF)-scanning transmission electron microscopy (STEM)とannular bright-field(ABF)-STEM観察からAlと遷移金属(TM)原子およびAlとTM原子のmixed site(MS)の配列の決定と、energy dispersive X-ray spec-troscopy(EDS)を用いてとられた原子分解能の元素マッピングから、CoとNi 原子の規則配列を明らかにしたものである (1)。実験方法:900°Cで120時間の熱処理後に水焼き入れしたAl71.5Co16Ni12.5合金を用いた。粉砕法で作られた粉末試料を、マイクログリッド上に分散し、観察試料とした。HAADF-STEMとABF-STEM像は収差補正電子顕微鏡(JEM-ARM200F)を用いてb-軸入射で撮影された。元素マッピングは、同電子顕微鏡に装備したEDSで行われた。EDSデータをとる毎に試料移動(電子顕微鏡のモニターの正確な位置に結晶の単位胞を持ってくるように)してとられた、フレッシュな領域からの60個のデータを積分することによって、原子分解能EDS元素マッピングを得た。
結果:図1(a)と図2(a)に、b -軸入射で撮られた ABF-STEMとHAADF-STEM像(フィルタリング像)を示した。b -軸方向にA とB 原子面の積層構造をとる近似結晶のTM原子とMSの配列は、HAADF像(図2(a))の輝点の配列から導かれた(図3((a)と(b)はA 、B 面の配列))。また、Alを含む原子配列は、ABF像(図1(a))の黒点の配列から直接的に導かれた(図1(b))。図2(b、c)のEDS元素マッピングとそれらの重ね合わせ像(図2(d))から、5角形タイリングの格子点に Co原子が、特別な方位(図3(a)の上向き、(b)の下向き)をとる5角形タイル内に存在する5角形配列のMSにNiが存在する、規則配列をとっていることが明らかになった(図3)。
文献
(1) A. Yasuhara, K. Yubuta and K. Hiraga: Philos. Mag. Lett., 94(2014), 539-547.
奨励賞
二相ステンレス鋼のσ相析出と、それによるフェライト相の優先的腐食
応募部門
第1部門 光学顕微鏡部門
応募者・共同研究者
江尻 健人, 富山大学(院)理工(現 日本冶金工業(株))
畠山 賢彦, 富山大学(院)理工
砂田 聡, 富山大学(院)理工
平林 純一, 大平洋製鋼株式会社
松岡 聡, 大平洋製鋼株式会社
山本 有一, 大平洋製鋼株式会社
作品の説明
σ相析出による二相ステンレス鋼の耐食性劣化は良く知られているが、その機構については不明な点が多い。本研究では、σ相の析出条件を変えるため、焼鈍温度900、1000、1100°Cで1.5時間等時焼鈍後、水焼き入れした3つの二相ステンレス鋼F55を試料とし、バフ研磨・エッチングを施した後、光学顕微鏡で観察した(図1)。また、σ相析出した場合の腐食断面観察のために900°C焼鈍試料を2.0M NaCl溶液中で0.6Vに保持し、250C/cm2の腐食後、光顕観察した結果、腐食表面にはσ相が残留し、フェライト相の優先腐食が起こることを明瞭に可視化した。次いで図3の腐食前後におけるXRD測定結果からもフェライト相の優先腐食を確認した。
奨励賞
{100}面においてへき開の生じたフェライト鋼の結晶粒
作品の説明
フェライト鋼のへき開面は{100}面に形成されることが知られているが、本作品は脆性亀裂伝播破面上に存在した一結晶粒内の3通りの{100}面全てにおいてへき開が形成された現象を撮影した走査型電子顕微鏡写真である。この現象が生じるためには、破面上に存在する1個の結晶粒が、(1)亀裂面と3通りの{100}面がなす角がすべてcos(1/√3)に極めて近い、(2)亀裂伝播方向に対して対称性を有する、という幾何学的条件を満足する必要がある。さらに、力学的なへき開面の形成条件を考えると、このようなことが起こる可能性は極めて低く、通常は観察されることのない極めて貴重な写真である。
奨励賞
サブミクロングリッドを用いた二次元的粒界辷り及び付随現象の局所観察
応募部門
第2部門 走査電子顕微鏡部門
応募者・共同研究者
増田 紘士, 東京大学大学院工学系研究科
戸部 裕史, 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所
佐藤 英一, 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所
杉野 義都, 株式会社コベルコ科研
鵜飼 重治, 北海道大学大学院工学研究院
作品の説明
超塑性変形は、粒界辷りと局所的な応力集中を緩和するミクロな付随現象により進行すると予想されている。著者らは、伸長した柱状粒組織から成る15Cr-ODS (Oxide-Dispersion-Strengthened)フェライト鋼(Figure 1)を、粒の伸長方向と垂直に引っ張ることで、ミクロ組織レベルで二次元的な粒界辷りを発生させ、FIB (Focused Ion Beam)により粒界三重点近傍に作製したサブミクロングリッドの変形をFE-SEM により観察した(Figure 2-4)。本観察は、超塑性条件の中でも高速変形側の、転位を伴う粒界辷りが支配的な条件(1)にて行った。Figure 3 より、変形は不均一で粒界近傍に限定されていることがわかる。Figure 4 に示す変形前後のメッシュの比較から、粒内(i)ではほぼ変形が見られないが、粒界近傍(ii)及び三重点近傍(iii)では粒界辷りにより生じる応力集中に対応した塑性変形が観察され、(ii)ではそれに加えて体積収縮が見られる。塑性変形は転位の辷り運動、体積収縮は拡散による物質移動にそれぞれ対応する。従って、超塑性変形中の粒界辷りに伴うミクロな付随現象として、粒界近傍における転位運動と拡散が重畳的に寄与していることが明らかとなった。
文献:(1) H. Masuda, S. Taniguchi, E. Sato, Y. Sugino and S. Ukai: Mater. Trans., 55(2014), 1599-1605.
奨励賞
BN フラワーのHe イオン顕微鏡像
応募部門
第4部門 顕微鏡関連部門
応募者・共同研究者
増田 秀樹, 物質・材料研究機構 先端的共通技術部門 極限計測ユニット
Guo Hongxuan, 物質・材料研究機構 先端的共通技術部門 極限計測ユニット(現NIST)
藤田 大介, 物質・材料研究機構 先端的共通技術部門 極限計測ユニット
作品の説明
2次元材料の合成と応用のためには構造と物理的特性の評価が重要である。本研究では、h-BN ナノシートの層数と形態を、走査型He イオン顕微鏡を用いて評価した。ナノシートは、B およびN をドープしたFe-Cr-Ni 合金基板を超高真空中で1000°Cに加熱・保持後、室温に冷却して作製した。構造は、Everhart-Thornley 検出器で取得した2 次電子強度により評価した。図(a)に基板表面に析出したh-BN ナノシートの2 次電子像を示す。h-BN ナノシートには3 回対称の自己相似形が現れ、花型の外形を持っている。周囲の薄い網目状の輪郭を持っている部分はナノシート析出の中間層であり、さらにその周りの黒い領域は基板である。図(b)には、2 次電子強度から判別した層数分布を示す。異なるエネルギーのHe イオンビームを用いて観察することで、2 次電子強度のh-BN ナノシート厚み依存性を解析した(図(c))。照射したHe イオンとh-BN ナノシートの相互作用を考慮して、2 次電子強度はh-BN 層数に指数関数的な相関をもつことが推測された。このときの減衰因子を用いて、ナノシート中の2 次電子の非弾性平均自由行程を計算できる(1)。この値はHe イオン加速電圧10-30kV の範囲で変化が小さく、いずれの条件でも高い表面感度を示している。
文献:(1) H. Guo, et al.: Appl. Phys. Lett., 104(2014), 031607.