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金属組織写真賞
第67回金属組織写真賞 選評
昨年度まで写真賞委員会として審議していたが、旅費の軽減、効率的な運営の目的で、今年度からWeb による応募、ならびに審査を行うことになった。応募は従来通り4部門で行った。応募方法、審査方法が変更されることから、規則の改定が行われ、昨年度の写真賞委員会以後、E-mail による審議が行われた。その中で学術的価値、技術的価値、組織写真の価値を考え、評価が装置に依存したものにならないようにという確認があった。しかし、結果的には光学顕微鏡部門での入賞はなく、学術的価値がこれまで観察できなかったものを可能にしたことによる、装置に依存する部分が多くあるように思われる。
本年度の応募数は1. 光学顕微鏡部門4 件、2. 走査電子顕微鏡部門5 件、3. 透過電子顕微鏡部門3 件、4. 顕微鏡関連部門2 件の計14件であった。近年20件台の応募がある中で、昨年度は12件で、わずかに増えてはいるが横ばい傾向である。
Web での審査は審査員に順位点と5 点満点での評価点を記載していただき、評価点を高くつけた作品にはその理由を記載していただいた。それらを集計し最優秀賞、優秀賞、奨励賞を規則に従って選んだ。その結果、最優秀賞に該当するものはなく、優秀賞3 件、奨励賞2 件が選ばれた。
優秀賞、3件(部門別、受付番号順)のうち「Ni50Mn20In30 ホイスラー合金における逆位相界面での偏析現象」は、第3 部門に応募されたもので、結晶構造の変調を伴わない化学的な規則度変化のみでおこる微量な偏析をHAADF-STEM を用いて評価し、強度解析などにより観察結果から規則度・偏析という2 つの化学情報を抽出している点は高く評価できる。
「中性子イメージングによる塗膜下腐食鋼の水の動きのその場観察」は、第4 部門に応募されたもので、中性子イメージングという手法を用い、中性子線の特徴を活かして塗膜下の腐食進行を支配する水の動きを直接確認し、定量的に可視化している点は学術的、工学的にも評価される。水の動きを可視化したのは画期的であり、材料研究における中性子線イメージングのインパクトがある。腐食に関与する水の浸漬状況が3D で可視化できている点も高く評価できる。
「結像型放射光X 線CT を用いたAl-10%Si 鋳造合金の損傷観察」は、第4 部門に応募されたもので、複雑な鋳造組織の3 次元可視化および引張り変形による組織変化と破壊起点を見事に捉え、材料の損傷に関して説得力のあるデータである。変形前後の同一視野三次元観察により、大きな体積で3D/4D 解析が行われたことで破壊の挙動が明確になったのは評価できる。今後、非破壊での三次元可視化技術の分解能の向上が、破壊機構の解明に有用であると期待される。
奨励賞、2件(部門別、受付番号順)のうち「水素脱離にともなう転位運動のその場電子チャネリングコントラスト観察」は、第2 部門に応募されたもので、これまで透過電子顕微鏡が唯一の手段であった転位の観察について、走査型電子顕微鏡による水素脱離のその場観察という点で興味深い成果が得られている。転位の性格なども組み合わせて示されればさらによい作品となったと考えられる。拡散性水素に由来する転位運動を走査型電子顕微鏡で直接とらえた世界で初めての画像として貴重である。
「イットリア安定化ジルコニア粒界における溶質元素規則偏析」は、第3 部門に応募されたもので、HAADF-STEM により粒界近傍についてイットリウム原子の分布を分析したものである。STEM を使用した原子レベルのEDS マッピングについては多くの報告がされているが、この作品は、イットリウム原子の粒界偏析と原子レベルの規則構造を鮮明にとらえている点で、撮影者の努力と技術、試料選定の優位性が感じられる。
選に漏れた作品の中にも、学術的にも技術的にも優れた作品が含まれており、今後も多くの優れた組織写真の応募を期待します。
金属組織写真賞委員会委員長
大庭卓也(島根大学)
受賞結果 | 優秀賞 3件 奨励賞 2件 |
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応募作品数 | 【第1部門】 4件 【第2部門】 5件 【第3部門】 3件 【第4部門】 2件 |
優秀賞
Ni50Mn20In30 ホイスラー合金における逆位相界面での偏析現象
応募部門
第3部門 透過電子顕微鏡部門
応募者・共同研究者
新津 甲大, 理化学研究所
大沼 郁雄, 物質材料研究機構
谷垣 俊明, (株)日立製作所
村上 恭和, 九州大学
進藤 大輔, 理化学研究所・東北大学多元研
許 皛, 東北大学工学研究科
水口 知大, 東北大学工学研究科
長迫 実, 東北大学工学研究科
貝沼 亮介, 東北大学工学研究科
作品の説明
原子配列の位相が逆のドメイン同士が会合する境界(APB:逆位相境界)近傍では、原子配列規則度が小さくなることが知られており、その結果として matrix とは異なる磁性が見出されている(1)(2)。一方、このような局所領域での組成変調は、分解能や検出精度が課題となり実験検証が困難とされてきた。本研究では、主に HAADF-STEM(High Angle Annular Dark-Field Scanning Transmission Electron Microscopy)像の像強度解析を通して APB での偏析現象の評価を試みた(3)。
ホイスラー(L21)構造を有する Ni50Mn20In30 合金(図1(a))では、APB 近傍にて図1(b)のような原子配列を取る。edge-on 条件を十分満足する APB(図 1(c)矢印部)を含む視野の HAADF-STEM 像を図2(a)に示す。枠部(図3(a1)に抜粋)の FFT(fast Fourier transformation)パターン(図3(a2))において規則反射以外を遮蔽し(図3(b2))逆フーリエ変換(IFFT)処理した像(図3(b1))にて視野中心部を〈100〉方向に横切る APB の存在が明確に認められる。同様に結晶構造由来の周期成分以外をフィルタリングした(図3(c2))IFFT 像を図 3(c1)に示す。これらの画像の各原子カラムに関し Gaussian fitting により像強度解析を行った。図4(a)、(b)に matrix およびAPB 位置の像強度分布をそれぞれ示す。強度解析に際しては、APB を排した粉末試料の X 線回折に対するリートベルト解析によりmatrix の原子規則度を決定し、シミュレーション像(図3(c2)右枠内)の強度解析よりバックグラウンドの値を評価した。図3(b1)、(c1)における Y、Z サイトの原子規則度および各カラムの積分強度の変化を図5に示す。APB の中心に向かって原子規則度の落ち込み、積分強度の増大が認められる。HAADF-STEM 像強度は原子番号 Z に強く相関することから、この結果は APB 近傍で原子配列の規則性が失われるのに併せて、Ni(Z=28)や Mn(Z=25)に比べ大きな Z(=49)を有する In が偏析していることを示唆している。
EDS 分析の結果(図 2(b)、(c)、(d)、(e))から、確かに APB 位置での In の増大と Mn の減少が確認された。図6に modified-BWG 近似によって得られた不規則構造(B2)および規則構造(L21)の自由エネルギー曲線を示す。粒界偏析の場合、matrix と粒界相の自由エネルギー曲線への平行接線則により評価されるが、APB での偏析についても同様の手続きによりその有無が説明され、化学的な規則度の変化だけでも偏析を惹起しうることが明らかになった。
文献
(1) Y. Murakami, K. Niitsu, T. Tanigaki, R. Kainuma, H.S. Park and D. Shindo: Nat. Commun., 5(2014), 4133.
(2) Y. Murakami, K. Yanagisawa, K. Niitsu, H.S. Park, T. Matsuda, R. Kainuma, D. Shindo and A. Tonomura: Acta Mater., 61(2013),
2095-2101.
(3) K. Niitsu, K. Minakuchi, X. Xu, M. Nagasako, I. Ohnuma, T. Tanigaki, Y. Murakami, D. Shindo and R. Kainuma: Acta Mater., 122
(2017), 166-177.
優秀賞
中性子イメージングによる塗膜下腐食鋼の水の動きのその場観察
応募部門
第4部門 顕微鏡関連部門
応募者・共同研究者
竹谷 篤, 理化学研究所
若林 泰生, 理化学研究所
大竹 淑恵, 理化学研究所
若林 琢巳, (株)コベルコ科研
河野 研二, (株)コベルコ科研
中山 武典, (株)神戸製鋼所
池田 裕二郎, 理化学研究所/日本原子力研究開発機構
作品の説明
インフラや自動車などに多用されている鋼材は、防食のため一般に塗装されるが、大気中で、雨や結露による濡れ過程で塗膜下に水が供給されると腐食が進行し、乾燥過程で水がなくなると腐食が止まることが、繰り返されていると考えられている。このため、塗装鋼材の腐食研究では、塗膜下の水の存在を知る必要があったが、水を直接観察したものではなかった。我々は、腐食の主要因である水に着目して、鋼材腐食の本質に迫るために、理研小型中性子源において中性子イメージング法で、塗膜下腐食中の水を非破壊で観察してきた(1)(2)。
塗膜下腐食ふくれを成長させた普通鋼(図1)と耐食性合金鋼(図2)を飽和するまで含水処理を行い、水から引き揚げ後30分から、4時間後までの空気中での乾燥過程を連続で中性子透過画像の撮像を J-PARC BL-10(3)で行った。乾燥状態と含水状態の画像を比較することによって、定量的な含水量分布を得た。図3、4は普通鋼、合金鋼にわけて含水量分布の時間変化を示し、水の量を両試料で同じスケールの画像の濃淡で表示している。
図 3 の普通鋼と図 4 の合金鋼について、(d)8000秒後を比較すると、普通鋼で少量の水が残っているが、合金鋼ではほぼ消失していることがわかる。また、時間経過を見ると、普通鋼では水の減っていく様子が場所ごとに違うのがわかる。特に図 3(a)撮影開始直後と(b)500秒後の矢印で示した部分では顕著である。一方、図 4 の合金鋼では普通鋼に比べて含水量が少ないだけではなく、水が速やかにほぼ一様に減っていく様子が観察される。これらの挙動は、両鋼におけるふくれ内の生成さび層中のボイドや欠陥の差を示唆しており、合金鋼では、普通鋼に比べて腐食の直接原因となる水を保有しにくい性質があり、優れた塗装耐食性を有するものと考えられる。本手法によって、従来得られなかった塗装鋼材の耐食性メカニズムに資する多様な情報を取得できる。
文献
(1) M. Yamada, et. al.: Tetsu to Hagane, 100(2014), 429.
(2) A. Taketani, et. al.: ISIJ International, 57(2017), 155.
(3) K. Oikawa, et. al.: Nucl. Instr. and Meth. A, 589(2008), 310.
優秀賞
結像型放射光 X 線 CT を用いた Al-10%Si 鋳造合金の損傷観察
応募部門
第4部門 顕微鏡関連部門
応募者・共同研究者
古田 将吾, 豊橋技術科学大学 機械工学科
小林 正和, 豊橋技術科学大学 機械工学科
上杉 健太朗, 高輝度光科学研究センター(JASRI)
竹内 晃久, 高輝度光科学研究センター(JASRI)
三浦 博己, 豊橋技術科学大学 機械工学科
青葉 知弥, 豊橋技術科学大学 機械工学科
作品の説明
Al-Si 系合金は最も広く用いられている鋳造合金であり、一般的にその力学特性は初晶デンドライトアーム間隔や Si 粒子サイズによって整理されている。しかし、共晶 Si 粒子の形態や空間分布が力学特性にどのような影響を及ぼしているかは明らかではない。そこで、本作品では結像型放射光 X 線 CT を用いて、Al-10%Si 鋳造合金の引張破壊を調査した。試料は凝固方向を制御して鋳造したAl-10 mass%Si 鋳造合金とし、50 μm×50 μm×10 mm の試験片サイズに切断研磨し、放射光施設 SPring-8 の BL47XU にて、ボクセルサイズ 39.6 nm、分解能 160 nm の結像型 X 線 CT でトモグラフィ撮像を行った(1)(2)。Al と Si は原子番号が隣で、X 線吸収のみでは十分な画像コントラストが得られないことから、Si 粒子を位相板を用いて可視化した(3)。(a)は引張負荷前の X 線 CT の三次元再構成画像である。母相の Al 相を排除し、共晶凝固で晶出した Si 相粒子のみを表示してある。共晶 Si 粒子のサイズは、おおよそ 500nm 程度と小さく、結像型 X 線 CT こそ三次元形態を精密に捉えることができる。共晶 Si 粒子は一部が板状で、大部分は微細な棒状である。粒子の配列から初晶 Al 相デンドライトを避けるように成長している様子が見てとれる。(b)は引張破断後の三次元画像である。Si 粒子の割れや界面剥離などの損傷によって形成されたボイドを赤色で示している。破断はちょうど初晶 Al 相のデンドライト部で生じている。変形前後の画像からひずみ量を算出したところ、破断面を跨いで約23%であった。破断面近傍で多くの損傷が見られるが、破面から離れた領域においても粒子損傷は見られる。特に粗大な板状の Si 粒子や引張軸と平行に伸長した Si 粒子は損傷しやすいことがわかる。放射光 X 線 CT によって、ナノオーダーの鋳造合金の複雑なミクロ組織が三次元可視化でき、損傷・破壊の同一視野観察も可能なことから、今後、各種金属材料においても局所的な破壊事象やその機構の解明が期待される。
文献
(1) A. Takeuchi, Y. Suzuki and K. Uesugi: AIP Conf. Proc., 1365(2011), 301-304.
(2) A. Takeuchi, K. Uesugi, H. Takano and Y. Suzuki: Rev. Sci. Instrum., 73(2002), 4262-4249.
(3) A. Takeuchi, K. Uesugi and Y. Suzuki: J. Phys. Conf. Ser., 186(2009), 12020.
奨励賞
水素脱離にともなう転位運動のその場電子チャネリングコントラスト観察
応募部門
第2部門 走査電子顕微鏡部門
応募者・共同研究者
小山元道 九州大学
Cemal Cem Tasan Institute of Technology
作品の説明
水素は転位運動の易動度を変化させることが知られている。この転位易動度の変化が水素脆化を助長するため、水素が転位易動度に及ぼす影響は金属物理学分野で歴史的に注目されている。しかし、水素は室温でも拡散性が高く、また、転位一本を可視化可能な空間分解能が要求されるため、現状、水素雰囲気中透過型電子顕微鏡観察が水素と転位易動度の関係を直接捉える唯一の観察手法であった。換言すれば、バルク試料による転位-水素相互作用の観察手法確立が求められていた。本画像は水素に由来する転位運動を走査型電子顕微鏡でとらえた画像である。
より具体的には、水素チャージをした試料の表面に存在している転位を Electron Channeling Contrast Imaging によって可視化し、水素脱離にともなう転位運動をその場観察した結果が Fig. 1 である。水素は室温においても拡散性が高いので、走査型電子顕微鏡内で時間とともに試料から水素が脱離する。本画像中、特に(a)にて太線でハイライトしてある転位に注目されたい。水素脱離とともに転位が運動し、転位の一部は表面に射出されることで消失していることが示されている。水素-転位相互作用の解析における走査型電子顕微鏡の有効性を示した本結果は、将来的に、より統計的な解析や、単純な力学場におけるその場観察が可能であることを示唆している。
奨励賞
イットリア安定化ジルコニア粒界における溶質元素規則偏析
応募部門
第3部門 透過電子顕微鏡部門
応募者・共同研究者
フウビン, 東京大学 工学系研究科 総合研究機構
熊本 明仁, 東京大学 工学系研究科 総合研究機構
幾原 雄一, 東京大学 工学系研究科 総合研究機構
柴田 直哉, 東京大学 工学系研究科 総合研究機構
横井 達矢, 大阪大学 工学系研究科
吉矢 真人, 大阪大学 工学系研究科
作品の説明
ジルコニアはイットリウム等の希土類元素を添加することで酸素イオン空孔が導入され、高い酸素イオン伝導特性を示す事から、燃料電池の固体電解質に用いられている。添加した希土類元素は結晶内部に固溶する溶質元素であるが、粒界等の欠陥にも偏析し、イオン伝導特性に悪影響を及ぼすことが知られている。しかしながら、溶質元素の粒界への偏析構造を直接観察することは極めて難しく、偏析に伴うイオン伝導阻害メカニズムの本質は未だに不明である。そこで、本研究では原子解能を有する収差補正走査透過型電子顕微鏡(STEM)とシリコンドリフト検出器を 2 基搭載した超感度エネルギー分散型 X 線分光器(EDS)を高度に融合することにより、粒界における溶質元素分布を原子スケールで直接観察することを試みた。図1(a)に高角散乱環状暗視野(HAADF)-STEM 法により得られたイットリア添加ジルコニア粒界の原子構造像を示す。この像に示すように、カチオンサイト位置は容易に観察できるものの、元素種の判別は困難である。次に、原子分解能 STEM-EDS マッピングの結果を図2に示す。(a)(b)はそれぞれ Zr-K 線及び Y-K 線信号を用いて元素マッピングした像である。これらの像から明らかなように、粒界近傍の数ナノメートル領域においてイットリウム濃度が原子レベルで濃淡を繰り返す規則的な構造が形成されていることが明らかとなった。更にサイト交換モンテカルロ計算を用いた理論解析により、イットリウム、酸素空孔および粒界構造の相互作用によって実験で観察された規則構造が安定化されることが明らかとなった。この結果は、ジルコニアの粒界溶質偏析構造は粒界コア構造と密接に関連し、規則的な原子構造を形成する傾向にある事を示唆している。
文献:(1) B. Feng, et al.: Nature Communications, 7(2016), 11079. doi: 10.1038/ncom ms11079