日本金属学会

金属組織写真賞

第68回金属組織写真賞 選評

 本年度の応募数は1.光学顕微鏡部門2 件、2.走査電子顕微鏡部門5 件、3.透過電子顕微鏡部門5 件、4.顕微鏡関連部門0 件の計12件であり、第67回の13件、第66回の12件とほぼ同数でここ数年の横ばい傾向を引き継ぐ形であった。部門別にみると昨年度応募の無かった光学顕微鏡部門に2件の応募があった一方で、顕微鏡関連部門には応募が無かったのは残念である。
 前回同様、今回もWeb審査として、20名の選考委員に順位点と5点満点での評価点を記載していただき、評価点を高くつけた作品にはその理由を記載していただいた。それらの集計結果について、西田稔副委員長、事務局とweb会議を開催し、最優秀賞、優秀賞、奨励賞を規則に従って選んだ。その結果、昨年に引き続き最優秀賞に該当するものはなく、優秀賞3件、奨励賞2件が選ばれた。
 優秀賞に選ばれた第2部門の“C40/C11b 超高温耐熱複相シリサイド合金における特異な「cross -lamellarmicrostructure」の発達”は優れた力学特性を有しながら特定の方位からの負荷に弱い(Mo0.85Nb0.15)Si2 合金について、CrとIrを微量添加することで出現する“格子ラメラ組織”という複雑かつ特徴的な組織をSEM-EBSDとTEMで観察したものであり、力学特性改善の機構を明らかにした点と組織としての美しさが評価された。同じく優秀賞に選ばれた第3部門の“p 型MnSi1.75 熱電材料の重元素置換とsublattice dislocation を利用した原子レベル組織制御”は高い性能指数を占めすRe添加高マンガンシリサイドについて電子線回折と高分解能観察で結晶構造を明らかにし、さらにMn原子を置換するRe原子の分布をSTEM-HAADFで解析することで副格子転位の分布とその発生機構を詳細に明らかにした点が評価された。“Li イオン電池固体電解質La(1-x)/3LixNbO3 ぺロブスカイト型酸化物の陽イオン変調構造”は、全固体電池用電解質として注目されているLa(1-x)/3LixNbO3 における長周期変調構造をHAADF-STEM像で見出すとともにSTEM-EDXによりLa原子のイオン濃度分布が原因であることを見出したものである。その精緻な解析手法とEDX測定時のドリフトを2時間手動で行うなど観察者の粘り強さも評価された。
 奨励賞については第2部門と第3部門からそれぞれ1件選出された。“停留疲労き裂先端における転位群の電子チャネリングコントラスト観察”は、近年、新たな格子欠陥観察手法として適用例が増えつつあるECCIを高窒素オーステナイト鋼における疲労き裂滞留の組織因子の解明に適用したものであり、バルク状態の試料で転位の観察ができるという、ECCIの特徴を最大限に生かした好例と言えよう。“収差補正TEM による有機金属錯体分子の原子スケール観察”は塩化カリウム単結晶上にエピタキシャル成長させた塩化フタロシアニン銅薄膜について原子分解能観察を行ったものであり、低電子線照射条件と光学条件の最適化により金属元素のCuのみならず炭素、窒素といった軽元素の骨格が明瞭に観察されており、試料調整も含めて観察者の技術の高さが評価されたものである。
 残念ながら選に漏れた作品の中にも技術的にも学術的にもレベルの高いものが多く、審査点は僅差であった。昨年に引き続き最優秀賞が出なかったのは、作品の質というよりも上位作品の点数が僅差である事にもよるかもしれない。またここ数年10件程度に停滞している応募件数を増加させることは重要な課題であり、写真賞審査委員により講演大会の講演やポスターから写真賞応募者を推薦してもらうなどの工夫が必要と感じた。

金属組織写真賞委員会委員長 
土谷 浩一(物質・材料研究機構)

受賞結果優秀賞 3件 
奨励賞 2件
応募作品数 【第1部門】 2件 
【第2部門】 5件 
【第3部門】 5件 
【第4部門】 0件

優秀賞
C40/C11b 超高温耐熱複相シリサイド合金における特異な
「cross-lamellar microstructure」の発達

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応募部門

第2部門 走査電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

萩原 幸司, 大阪大学大学院工学研究科
池西 貴昭, 大阪大学大学院工学研究科(現:マツダ株式会社)
中野 貴由, 大阪大学大学院工学研究科

作品の説明

 地球温暖化抑制に向けたCO2排出量低減のために、発電所等にて1400°C以上での高温使用に耐え得る超高温構造材料の開発が早急に求められている。この実現に向け我々は、軽量、高融点を有するNbSi2とMoSi2を組み合わせた「複相シリサイド合金」を開発し、特性向上に向けた研究を進めている。これまでに開発した複相合金は、C40相とC11b 相が、両者の結晶構造の類似性に起因し共通の最密面が相互に積層したラメラ組織を有していた。本合金は優れた力学特性を示すものの、例えば各板状結晶粒が45度傾いた方向から荷重が負荷された際には高温クリープ強度が大きく低下し、また界面に平行な応力負荷にて低靱性を示すといった問題点を有していた。
 これら課題克服のため我々は、従来の(Mo0.85Nb0.15)Si2複相シリサイド合金に対し、CrとIrの2元素をそれぞれ0.5at%という微量同時添加することにより、図1-4に示すように、これまでのラメラ組織に加え、更にその平滑界面に対し垂直方向にロッド状のC11b相が貫通して伸びたような、特徴的な組織を発達させることに成功した、この特徴的な構造から、我々は本組織を「cross-lamellar microstructure(格子ラメラ組織)」と命名した。特筆すべき特徴として、この格子ラメラ組織を有する複相シリサイドは、従来のラメラ合金で見られた優れた力学特性を保持しつつ、かつ問題点であった特定方向への強度・靱性低下を「同時に」抑制可能であることが初めて見出された(1)(2)。新規超高温耐熱材料として今後の開発が強く期待される。

文献
(1) K. Hagihara, T. Ikenishi and T. Nakano: Scr. Mater., 131(2017), 19-23.
(2) K. Hagihara, T. Ikenishi, H. Araki and T. Nakano: Scientific Reports, 7(2017), no.3936: 1-12.

優秀賞
p 型 MnSi1.75 熱電材料の重元素置換と
sublattice dislocation を利用した原子レベル組織制御

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応募部門

第3部門 透過電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

鎌田 拓也, 長岡技術科学大学機械創造工学専攻
竹内 恒博, 豊田工業大学大学院工学研究科
本間 智之, 長岡技術科学大学機械創造工学専攻

作品の説明

 MnSi熱電材料はNowotny chimney-ladder(NCL)構造を有する。この構造はa軸に比べc軸が非常に長く複雑な構造を有するため格子熱伝導率(κlat)が低く、比較的高い無次元性能指数ZTが得られる。YamamotoらはMn(Z=25)と同じ7族の重元素Re(Z=75)をMnに置換させたMnReSi熱電材料を、放電プラズマ(SPS)焼結法により焼結することで、実用的なp型の熱電材料の開発に成功した(1)。しかし、焼結後のReの原子レベルの分散状態は必ずしも明らかでない。そこでYeおよびAmelinckxの方法(2)を用いた局所構造解析法により、MnSi系熱電材料のNCL構造を決定する手法を確立し(3)、これをMn30.4Re6.0Si63.6熱電材料に適用した。
 原子半径が0.137nmのReが、原子半径0.112nmのMnの原子サイトに置換することで格子が実空間中c軸方向に伸び、Mn19Si33構造に変化する(図1)。図2の走査透過電子顕微鏡(STEM)の明視野(BF)像には、c 軸に垂直かつ周期的に現れるMnリッチ(黒)、Siリッチ(白)な積層構造の内、Mnリッチな積層内の原子が明瞭に観察され、その原子位置に高角散乱環状暗視野(HAADF)像で明るい原子(白矢印)が偏析している。HAADFのコントラストはZの2乗に比例することから、これがRe原子であり、Re添加材の構造は(Mn、Re)19Si33と同定できる。また、Mn30.4Re6.0Si63.6 は Mn36.4Si63.6に比べSi副格子側に生成するsublattice dislocation(SD、図3)の数密度も1.6倍に増加し(図4)、これら原子・ナノレベルのフォノン散乱により、κlatがおよそ1/2まで低下する。これによりMnSi系熱電材料の中では、ZTが920Kで1.04と世界最高値を示す熱電特性が発現することを明らかにした。

文献
(1) A. Yamamoto, et al.: Jpn. J. Appl. Phys., 55(2016), 020301.
(2) H.Q. Ye and S. Amelinckx: J. Solid State Chem., 61(1986), 8-39.
(3) T. Homma, et al.: Appl. Phys. Lett., 108(2016), 103901.

優秀賞
Li イオン電池固体電解質 La(1-x)/3LixNbO3 ぺロブスカイト型酸化物の陽イオン変調構造

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応募部門

第3部門 透過電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

小林 俊介, ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所
胡 肖 兵, ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所
幾原 裕美, ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所
Craig Fisher, ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所
森分 博紀, ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所
藤原 靖幸, 信州大学工学部
干川 圭吾, 信州大学工学部
小浜 恵一, トヨタ自動車(株)電池材料技術・研究部
射場 英紀, トヨタ自動車(株)基盤材料技術部
幾原 雄一, 東京大学工学系研究科・ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所

作品の説明

 次世代のLiイオン電池として、安全性、高容量化を兼ね備えた全固体電池の研究が勢力的に行われている。特に液体電解質の代替となる固体電解質の開発が重要課題となる。その有力な固体電解質の一つにAサイト欠損型ペロブスカイト酸化物であるLa(1-x)/3LixNbO3 (LLNbO)が挙げられる(図1)。本研究では、走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いた構造解析により、このLLNbOが特異な変調構造を有する物質であることを明らかにした(1)
 図2に最も高いイオン伝導特性を示す組成 La0.31Li0.07NbO3 (La(1-x)/3LixNbO3、x≈0.07)単結晶(2)から取得したHAADF STEM像を示す。A1層において、図1に示す既報の結晶モデルでは説明ができない、長周期の変調構造が観察された。図3にSTEM EDSによるLaイオンとNbイオンの組成分布観察結果を示す。AサイトおよびBサイトはそれぞれLaイオンとNbイオンで構成されていることが確認でき、(001)面に沿った長周期変調構造の起源は観察投影方向のLaイオン濃度分布変化が起源であると結論づけられる。
 さらに、図3(d)のLa-LとNb-Lマップの合成像から、Nbイオンの平均位置は理想的な直線状ではなく、Laイオンの濃度が高い箇所においてA2層側にシフトし、Laイオンの濃度が低い箇所ではA1層側へシフトしている。これはNbイオンも変調構造と同期して変化することをも明らかにした成果である。本結果は、STEMを用いた構造解析により初めて得ることができた結晶学的に興味深い知見であるとともに、固体電解質開発において重要な指針を与える成果であると結論付けられる。

文献
(1) X. Hu, S. Kobayashi, Y. H. Ikuhara, C. A. J. Fisher, Y. Fujiwara, K. Hoshikawa, H. Moriwake, K. Kohama, H. Iba and Y. Ikuhara: Acta Mater., 123(2017), 167-176.
(2) Y. Fujiwara, K. Hoshikawa and K. Kohama: J. Cryst. Growth, 433(2016), 48-53.

奨励賞
停留疲労き裂先端における転位群の電子チャネリングコントラスト観察

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応募部門

第2部門 走査電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

小山 元道, 九州大学
Kishan Habib, 九州大学
土山 聡宏, 九州大学

作品の説明

 疲労限度はき裂発生限界またはき裂停留限界のどちらかで決定されるので、疲労き裂停留の組織因子を明らかとすることは、疲労限度改善のための本質的課題である。疲労き裂近傍の組織を観察するにあたっての注目点は以下である。
 (1)き裂は表面から形成するので、表面観察が重要である。(2)き裂停留は力学現象なので、薄膜化など力学場を変化させる手法は避ける。(3)力学場の観察も重要であるので、き裂の塑性域全体を観察する。つまり、バルク試料で、特定箇所(き裂先端)を、塑性域が捉えられる位の広範囲で、転位一本々々が分解可能な表面組織観察手法が求められる。この疲労き裂停留を支配する組織を観察する上での注意点を念頭におき、Electron Channeling Contrast Imaging(ECCI)法を本課題に適用し、成功した一例として、本写真を示す。具体的には、高窒素オーステナイト鋼における停留疲労き裂先端の転位群を観察したECC画像を示す。図(a)に停留き裂先端から射出された転位が高いプラナリティをもって配列していることが示されている。図(b)の拡大像により、それら射出転位の運動は先在転位列によって阻害されることが示されている。より詳細な観察例として、図(c)は射出転位が拡張しており、この拡張転位が先在転位列に止められていることを示している。つまり、拡張転位同士の転位反応であるLomer-Cottrel Lockが疲労き裂の停留に寄与している事実が本画像によって示されている。

文献:(1) K. Habib, M. Koyama, T. Tsuchiyama and H. Noguchi: Mater. Res. Lett., 6(2017), 61-66.

奨励賞
収差補正 TEM による有機金属錯体分子の原子スケール観察

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応募部門

第3部門 透過電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

吉田 要, ファインセラミックスセンター
倉田博基, 京都大学化学研究所
Johannes Biskupek, Ulm Universit
Ute Kaiser, Ulm Universit

作品の説明

 ある種の平面型有機金属錯体は結晶構造中で分子同士が規則的にスタックし、一次元金属鎖などの特異な低次元電子系を形成することが知られている。こうした低次元電子系材料の特性は一次元カラム内の分子間距離などの結晶構造に対して敏感に変化することから、それらの物性発現機構の理解には構造情報が不可欠である。材料科学において透過型電子顕微鏡(TEM)法は構造情報を得る強力な手段として用いられているが、分子結晶などのソフトマテリアルにおいては電子線照射損傷の問題から、その解析レベルが大きく制限されてしまっているのが現状である。そこで我々は近年電子光学分野で発展が著しい球面収差補技術について、改めてソフトマテリアル観察への有効性を検証した。ターゲット材料としては有機半導体の一種である塩素化銅フタロシアニン(CuPcCl16、左図分子構造および図中結晶構造 参照)のエピタキシャル薄膜を選択し、2種類の光学条件下で像観察を行なった。照射される電子線(加速電圧:200kV)を極限まで抑えたロードーズ条件で観察を行なったところ、これまでに観察されていなかった軽元素骨格が明瞭に観察することができた(1)。特に負の球面収差条件を用いた場合、軽元素骨格の像コントラストが強調されシャープな骨格像が得られることが明らかとなった。以上の結果から光学条件の最適化とロードーズ条件の適用によってソフトマテリアルにおいても原子スケール TEM像を得ることが可能であると示され、ソフトマテリアルの結晶構造評価においてTEM法が大きく寄与するものと期待される。

文献:(1) K. Yoshida, J. Biskupek, H. Kurata and U. Kaiser: Ultramicroscopy, 159(2015), 73-80.

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