日本金属学会

金属組織写真賞

第69回金属組織写真賞 選評

 本年度の応募件数は1.光学顕微鏡部門1 件、2.走査電子顕微鏡部門5 件、3.透過電子顕微鏡部門6 件、4.顕微鏡関連部門3 件の計15件であった。今回は2018年度秋期講演大会のポスターセッションにおける選考委員による応募作品の推薦、口頭発表における座長の推薦、優秀ポスター賞受賞者と“まてりあ”第57巻12号の特集「顕微鏡法による材料開発のための微細構造研究最前線(11)」執筆者への応募依頼等を行ったが、過去3 回(第68回:12件、第67回:13件、第66回:12件)と比較して微増にとどまった。
 審査方法は第67回から実施されているWeb 審査を踏襲し、選考委員23名のうち応募者と特別な利害関係を持つと申告のあった5 名を除く18名に順位点と評価点(5 点満点)および評価の高い作品については選定理由の記載を依頼した。それらの結果を基に正副委員長と委員会の所属支部・機関のバランスを考慮して選出されたWeb 委員による会議を開催し、規則に従って優秀賞3 件、奨励賞2 件を決定したが、残念ながら今年度も昨年、一昨年と同様に最優秀賞の要件を満たす作品は無かった。
 優秀賞3 件( 部門別、受付番号順) のうち「Ti3SiC2MAX 相の底面a 転位の転位芯とキンク境界の高分解能STEM 観察」は第3 部門に応募されたものであり、底面すべりとキンク変形を選択的に導入したMAX 相中の転位組織をHAADF-STEM により精緻に観察し、転位がTi 原子層とSi 原子層の間を運動していることや2 本のショックレー型部分転位へと分解していることを示し、キンク境界の微細構造を明らかにしている点が評価された。同じく第3 部門の「リチウムイオン電池Si 単結晶負極を用いた充電反応によるLi 侵入方位の可視化」は、Si 単結晶負極を用いたリチウムイオン電池において実際の充電に伴いLi イオンが負極内に侵入し、Si の組織変化と非晶質化に至る過程を可視化している点が高度な試料作製技術とともに評価された。「3DAP とTEM の同一視野解析によるマグネシウム合金の転位芯への溶質元素の偏析と溶質クラスタの観察」は第4 部門に応募されたものであり、同一試料の同一箇所を3DAP と(S)TEM の両装置で観察し、焼付硬化型マグネシウム合金のひずみ時効のメカニズムが溶質元素の転位芯への偏析であることを示し、両装置の利点を生かした新たな組織解析法を提案している点が評価された。
 奨励賞2 件には第2 と第4 部門からそれぞれ1 件が選定された。「2 次アームが8 方向に成長するNi 基合金一方向凝固デンドライト」は特異なデンドライト組織形態の観察に成功するとともに、その形成過程をL12 規則構造に由来する結晶の幾何学によって説明している点が評価された。「走査型軟X 線磁気円二色性顕微鏡によるNd-Fe-B焼結磁石破断面の磁場下磁区観察」は破断面を観察することで、従来の磁気顕微鏡では難しかった研摩等によるダメージの少ない磁区構造変化を高分解能で捉えている点が評価された。
 惜しくも選に漏れた作品もレベルの高い力作揃いであり、伝統的に独自性と学術性を重んじてきた金属組織写真賞の継続と発展のために、今後も優れた組織写真の応募を期待したい。

金属組織写真賞委員会委員長 
西田 稔(九州大学)

受賞結果優秀賞 3件 
奨励賞 2件
応募作品数 【第1部門】 1件 
【第2部門】 5件 
【第3部門】 6件 
【第4部門】 3件

優秀賞
Ti3SiC2 MAX 相の底面a 転位の転位芯とキンク境界の高分解能STEM 観察

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応募部門

第3部門 透過電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

岸田 恭輔, 京都大学
東 雅也, 京都大学
乾 晴行, 京都大学

作品の説明

 層状化合物MAX 相は高融点、高剛性、高強度、低密度といったセラミックス的性質と、優れた電気・熱伝導性、耐衝撃性、機械加工性といった金属的性質を兼ね備るため新規構造材料として注目されているが、その塑性変形挙動の詳細には未だ不明な点が多い。我々はTi3SiC2 MAX 相において活動する底面a 転位ならびにキンク変形の詳細を高分解能STEM 観察により調査し、底面a 転位がTi 原子層とSi 原子層の間を運動していること、2 本のショックレー型部分転位へと分解していることを明らかにした(図a、b)。またマイクロピラー圧縮試験(図d)により導入されたキンク境界は、底面すべりと同様にTi 原子層とSi 原子層の間に存在する同符号の底面a 転位の配列により形成されていることを確認した(図c、e)。以上からTi3SiC2 MAX 相で見られるキンク組織は底面転位の運動とその刃状転位の配列により形成されるとする古典的キンク形成モデルと矛盾しないことが明らかとなった。

文献:(1) M. Higashi, S. Momono, K. Kishida, N. L. Okamoto and H. Inui: Acta Mater., 161(2018), 161-170.

優秀賞
リチウムイオン電池Si 単結晶負極を用いた充電反応によるLi 侵入方位の可視化

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応募部門

第3部門 透過電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

島内 優, テクノリサーチ株式会社
大森 滋和, JFE テクノリサーチ株式会社
池本 祥, JFE テクノリサーチ株式会社
糸井 貴臣, 千葉大学

作品の説明

 電気自動車や携帯機器向けのリチウムイオン電池は、エネルギー密度向上が強く期待されているため、従来の黒鉛材料に比べ体積密度で約10倍の容量増が期待できるSi 系材料の実用化開発が旺盛である。従って、Li を収蔵する高容量負極材の活用は必須であり実用化のための基礎研究が望まれている。これまでSi への充電によるLi の侵入については理論計算(1)やNMR 分析(2)、特殊な電極構造を用いた実験(3)によって考察されているが、実電池を用いた電子顕微鏡による可視化は報告例がない。充電状態を維持した電極を電子顕微鏡で観察するには、試料作製から観察まで一貫して大気非暴露下で取り扱うことや適切な条件設定が重要であり、種々検討の結果を踏まえて実験した結果を以下に示す。
 図1に充電率40%のSi 単結晶負極の断面SEM 像とそのEBSD 解析結果を示す。SEM 像よりSi 単結晶には筋状に見える線状痕跡が確認できる。EBSD による方位解析結果から線状痕跡は[101]方位に並行に生じていることが確認できる。図2には同様に断面をSTEM 観察した結果とEELS 法により面分析を行った結果および、線状痕跡(反応相)の電子線回折像を示す。EELS の結果から図1に示す線状痕跡部にはLi が存在し、電子線回折像からSi は非晶質化していることが確認できる。図3は線状痕跡部のTEM およびHAADF-STEM 像を、また図4には図3(c)のHAADF-STEM 像をFFT 処理した画像を示す。これらの結果から、充電にともないSi 単結晶に対してLi イオンがTetrahedral Site に入り込み、ZigZag chain を切るように{111}間のSi 結合を切る事で結晶構造が壊れ、やがてLi 濃度が増加してアモルファス化すると考えられる。
 本研究では、実電池を充電し、大気非暴露下で顕微鏡観察できる試料を作製し、SEM-EBSD 解析、そして高分解能HAADF-STEM 観察まで行うことで、これまで別手法で考察された知見を直接観察により裏付けることができた。

文献
(1) M. K.Y.Chan, et al.: J. Am. Chem. Soc., 134(2012), 14362-14373.
(2) B. Key, et al.: J. Am. Chem. Soc., 131(2009), 9239-9249.
(3) S. Woo Lee, et al.: Nano Lett., 11(2011), 3034-3039.

優秀賞
3DAP とTEM の同一視野解析によるマグネシウム合金の転位芯への溶質元素の偏析と溶質クラスタの観察

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応募部門

第4部門 顕微鏡関連部門

応募者・共同研究者

佐々木 泰祐, 物質・材料研究機構
Bian Ming-Zhe, 物質・材料研究機構
宝野 和博, 物質・材料研究機構
中田 大貴, 長岡技術科学大学
鎌土 重晴, 長岡技術科学大学
吉田 雄, 住友電気工業(株)
河部 望, 住友電気工業(株)

作品の説明

 ひずみ時効は、塑性変形させた材料の強度がその後の時効処理によって上昇する現象で、自動車の外板材料の強化に用いられるなど、実用上重要な現象である。強度上昇の要因として、塑性変形中に導入された可動転位の転位芯に溶質元素が偏析して不動化することや、溶質クラスタの形成などがあげられる。しかし、TEM などでこうした溶質元素の分布を直接観察することは極めて困難である。
 我々は、ひずみ時効処理により大きな強度増加を示すMg-Ca-Al-Zn-Mn 合金を世界に先駆けて開発した。図は、開発合金に2%の引張ひずみを導入した後、170°Cで20分の時効処理を施した試料について、TEM と3DAP による同一視野観察を行った結果である。3DAP 解析前の針状試料をTEM で観察すると、転位が観察される(図(a)中a~d)。この試料に対して3DAP 解析を行ったところ、図(b)、(c)の3D アトムマップと矢印で示した等濃度面の近傍における溶質濃度プロファイルに示すように、転位線上への溶質原子(Al、Zn、Ca)の偏析や、母相中における溶質クラスタを形成が観察できる。
 このように、TEM と3DAP を併用した組織解析は、金属材料の強度と組織の関係の解明に大きく寄与することが期待される。

 図:ひずみ時効処理を行った試料から作製した3DAP 試料の(a)明視野TEM 像と、それから得た(b)3D アトムマップ。等濃度面を用いて溶質クラスタと転位芯への溶質元素の偏析を強調した。(c)は(b)中の矢印で示した等濃度面の近傍における溶質濃度変化。転位へのAl、Zn、Ca の偏析を示す。

文献:(1) M. Z. Bian, T. T. Sasaki, T. Nakata, Y. Yoshida, N. Kawabe, S. Kamado and K. Hono: Acta Mater., 158(2018), 278-288.

奨励賞
2 次アームが8 方向に成長するNi 基合金一方向凝固デンドライト

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応募部門

第2部門 走査電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

森 雄飛, 物質・材料研究機構
原田 広史, 物質・材料研究機構
小林 敏治, 物質・材料研究機構
横川 忠晴, 物質・材料研究機構
鈴木 進補, 早稲田大学

作品の説明

 FCC 構造を有する金属および合金の凝固における優先成長方位は通常〈100〉方位である。したがって、Ni 基超合金などのFCC 合金を一方向凝固させると、2 次デンドライトアームが[100]に等価な4 方向に成長する(図1)。一方、著者らはNi 基γ′単相合金において、1 次アームが[001]方位に成長するにも関わらず2 次アームは8 方向に成長する特異な一方向凝固デンドライトを発見した(図2)。また、この8 方向が〈100〉と〈110〉の間の高指数方位であることを明らかにした(図3)。この8 本腕デンドライト成長の主な要因として、初晶がL12 規則相であることが考えられる(1)。一方、1 次アームと2 次アームで成長方位が異なる点は大変興味深く、研究の深化が求められる。

文献:(1) Y. Mori, H. Harada, T. Yokokawa, T. Kobayashi and S. Suzuki: J. Cryst. Growth, 500(2018), 15-22.

奨励賞
走査型軟X 線磁気円二色性顕微鏡によるNd-Fe-B 焼結磁石破断面の磁場下磁区観察

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応募部門

第4部門 顕微鏡関連部門

応募者・共同研究者

豊木 研太郎, 高輝度光科学研究センター
小谷 佳範, 高輝度光科学研究センター
David Billington, 高輝度光科学研究センター
岡崎 宏之, 高輝度光科学研究センター
中村 哲也, 高輝度光科学研究センター
広沢 哲, 日立金属株式会社西内武司君物質・材料研究機構

作品の説明

 実用永久磁石材料として最高性能を持つNd-Fe-B 焼結磁石は、希少元素を低減し材料組織の最適化による更なる高性能化が常に求められている。そこで、我々はSPring-8 BL25SU において走査型軟X 線磁気円二色性顕微鏡を開発した。この装置は空間分解能約100 nm、印加磁場は同種装置で世界最高の±8 T の性能を有する。この開発により、従来まで困難であった、磁気的な劣化の極めて少ないNd-Fe-B 磁石の破断面の観察を実現した。図1、2の磁区像はそれぞれ破断面と研磨面の減磁過程における変化である。研磨面では研磨による欠陥生成の結果、正磁場印加状態でも逆磁区が見られるのに対し、破断面を用いた観察では残留磁化状態で逆磁区が生成せず、また保磁力もバルク試料の0.91 T とほぼと同等である。本装置は高保磁力磁石材料の磁化過程解析に有用と考えられる。

文献:(1) D. Billington, K. Toyoki and T. Nakamura et al.: Phys. Rev. Mater., 2(2018), 104413.

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