日本金属学会

金属組織写真賞

第70回金属組織写真賞 選評

 本年度応募があった計12件の作品から、選考委員会での事前評価結果を理事会において報告し、金属組織写真賞規則に従って、最優秀賞1 件、優秀賞2 件、奨励賞2 件の受賞を決定した。部門の内訳は光学顕微鏡部門5 件、走査電子顕微鏡部門1 件、透過型電子顕微鏡部門4 件、顕微鏡関連部門2 件であった。

 最優秀賞に選ばれた作品「CeO2 触媒ナノ粒子を架橋する単一有機分子鎖の可視化」(透過電子顕微鏡部門)は、CeO2 触媒ナノ粒子を架橋していることに起因する炭素を可視化させている点が極めて優れており、観察に関する高いノウハウが伺えると複数の委員から高い評価を受けた。優秀賞の2 件(「透明ダイヤモンド製Vickers 圧子を用いたIn-situ Vickers インデンテーション」(光学顕微鏡部門)および「N 極性GaN の貫通転位とInGaN 量子井戸との弾性相互作用」(透過電子顕微鏡部門))については、前者は透明圧子を使った観察方法の独自性が高く評価され、後者はN 極性GaN/InGaN/GaN ダブルへテロ(DH)構造でTEM および収差補正STEM 観察により、貫通転位の性格や積層欠陥との相互作用、InGaN 量子井戸発光層と貫通転位との弾性相互作用により上層のHaN 相にa転位が生成することを明らかにした点が評価された。奨励賞の2 件(「Co/Co6W6C ヘテロ構造ナノ粒子の原子分解能構造解析」(透過電子顕微鏡部門)、「石英ガラス板の超高速衝突(内部損傷進展過程の実時間光弾性撮影)」(顕微鏡関連部門))については、単一のナノ粒子に対してその内部界面の原子分解能STEM 観察およびEDS マッピングを行っている点、高速度カメラを用いて測定した光弾性から石英ガラスの変形・破壊挙動を解析し、瞬間的な応力状態の変化を精緻に実測している点が評価された。いずれの受賞作品も抜きんでた高度な撮影技術とともに、その学術的意味が評価された結果となった。今後の本賞の検討課題としては、昨今急速に進展しているコンピュータビジョン、バーチャル画像の評価について、検討を次期委員会に委ねたい。

金属組織写真賞委員会委員長 
足立吉隆(名古屋大学)

受賞結果最優秀賞 1件 
優秀賞 2件 
奨励賞 2件
応募作品数 【第1部門】 5件 
【第2部門】 1件 
【第3部門】 4件 
【第4部門】 2件

最優秀賞
CeO2 触媒ナノ粒子を架橋する単一有機分子鎖の可視化

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応募部門

第3部門 透過電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

斎藤 光浩, 東京大学・日本電子産学連携室
郝 暁 東, 東北大学材料科学高等研究所
陳 春 林, 東北大学材料科学高等研究所
尹 徳 強, 東北大学材料科学高等研究所
井上 和俊, 東北大学材料科学高等研究所
阿尻 雅文, 東北大学材料科学高等研究所
高見 誠一, 名古屋大学
幾原 雄一, 東京大学

作品の説明

 環境・エネルギー・医療問題等の解決の糸口として、ナノ粒子触媒の重要性が年々増してきている。特に優れた酸素吸放出特性を示すセリア(CeO2)は、環境触媒、固体電解質、医療応用等、広い分野で注目を集めている。これまでの理論計算によれば、(100)結晶面を表面に露出させることで、高い触媒機能の発現が予測されていた。しかしながら、より安定な(111)面が露出し易く、(100)面が露出したナノ粒子触媒の合成は不可能と考えられてきた。近年、高温高圧の超臨界場を用いた有機修飾ナノ粒子合成法により、最も不安定な(100)面上に鎖状の有機高分子を修飾することで、不要な面成長を抑制できるようになってきた。同時にナノ粒子同士の凝集・粒子成長も抑制するため、(100)面が発達した数 nm の均一粒径の立方体ナノ粒子の合成が可能となった。これら一連のメカニズムを解明するためには、ナノ粒子表面の有機分子の可視化が必要となる。
 本研究では、セリアの立方体ナノ結晶粒子(約 5~7 nm)を合成し、数 nm 厚のアモルファスカーボン膜またはシリコン膜上に均一に分散させた。球面収差補正走査透過型電子顕微鏡(Cs-STEM JEOL JEM-ARM200F)および電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いて、ナノ粒子表面の有機分子鎖の直接観察を試みた。図(a)はカーボン膜上のセリアナノ粒子の TEM 像であり、ほぼ同じサイズの粒子同士が一定の距離を保って均一に分散している様子が分かる。また、シリコン膜上に分散させた試料の EELS マッピング(図(b))では、炭素原子が粒間にのみ分布しており、有機分子鎖がナノ粒子表面近傍に存在していることが明らかになった。さらに STEM 像観察では、電子線の収束角、デフォーカス、環状暗視野検出器の検出角(17~34 mrad)等、単一の有機分子鎖の撮像に最適な観察条件を系統的に検討した。その結果、セリアナノ粒子の(100)面表面に吸着している有機分子鎖が、他のセリア粒子との間(約 2 nm)を架橋する様子を直接撮影することに成功した(図(c)、(d))(1)。図(e)、(f)は、シミュレーション像と構造モデルである。今後イメージングの可能性が新たな分野にも広がり、ナノ粒子の触媒活性化プロセスの機構解明が期待される。

文献:(1) X. Hao, C. Chen, M. Saito, D. Yin, K. Inoue, S. Takami, T. Adschiri and Y. Ikuhara: Small, 14(2018), 1801093/1-7

優秀賞
透明ダイヤモンド製 Vickers 圧子を用いた In-situ Vickers インデンテーション

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応募部門

第1部門 光学顕微鏡部門

応募者・共同研究者

仲野 暁登, 北海道大学
三浦 誠司, 北海道大学
池田 賢一, 北海道大学

作品の説明

 Vickers 試験は試験装置の構造上試験前後の試料表面変化のみが観察可能であり、試験中の試料表面変化は観察不可能である。本研究では光学的に透明な Vickers 圧子を用いた Vickers 試験の「その場」観察法(以下、In-situ Vickers インデンテーション)の確立を目的とした。In-situ Vickers インデンテーション実施のため、透明 Vickers 圧子を固定し、試料を昇降させることにより圧子圧入を行い、その様子を圧子裏から光学的に観察する方法を採用した。試料は単結晶 Si 板を使用した。透明圧子と試料表面間の屈折率の違いを縮小するために圧子-試料表面間をシリコーンオイルで満たし、光学顕微鏡(Hirox、RH-2000)を使用して観察した。
 図(a)~(c)に、透明 Vickers 圧子を通して観察した試料表面を示す。(a)は負荷前(0N)、(b)は最大負荷時(30N)、(c)は完全除荷後(0N)を表している。また、図(d)は試験終了後の表面を、圧子を通さずに観察した結果である。(a)内の十字状の点線は実際の圧子稜線部位置である。また、図(b)、(c)中にはそれぞれ、負荷中に進展した亀裂と除荷中に進展した亀裂の近傍に黒点線、白点線を配した。In-situ Vickers インデンテーションにより、負荷過程に比べて除荷過程で大規模な亀裂の進展や破壊が観察された。

優秀賞
N 極性 GaN の貫通転位と InGaN 量子井戸との弾性相互作用

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応募部門

第3部門 透過電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

木口 賢紀, 東北大学金属材料研究所
兒玉 裕美子, 東北大学金属材料研究所
谷川 智之, 大阪大学
白石 貴久, 東北大学金属材料研究所
今野 豊彦, 東北大学金属材料研究所

作品の説明

 窒化物半導体の結晶成長はその極性の影響を強く受ける。N 極性表面上では In が取り込まれやすい性質を利用した高 In 組成 InGaN 層の成長によるオール窒化物の LED の実現や、車載パワートランジスタにおける逆 HEMT 構造など、Ga 極性よりも優れた機能が期待される。N 極性 GaN の成長表面は荒れやすく実用化への課題の一つであったが、表面窒化した微傾斜サファイア(0001)基板上を利用して、従来作製が困難であった平滑な成長表面を持つ N 極性 GaN の成長が可能になった(1)。我々は、N 極性 GaN/InGaN/GaN ダブルへテロ(DH)構造における貫通転位の性格が Ga 極性の場合と大きく異なることを見出すとともに、InGaN 層との弾性相互作用の視覚化を試みた。図(a)(b)に GaN の g10-10/3g10-10、g0002/4g0002 励起の weak beam 像を示す。g・b 解析より、観察された貫通転位は a 転位(b=a/3[11-20])が支配的であった。基板の表面窒化と薄い低温バッファ層により、面外方向の結晶方位の乱れが少なく、結晶成長核の合体の際に面内回転による歪み緩和と刃状転位の導入が起こったものと考えられる。次に、InGaN 量子井戸構造と貫通転位との弾性相互作用について解析した結果を図(c)-(e)に示す。n-GaN 層から p-GaN 層へ向かって InGaN を貫通している(c)LAADF-STEM 像と同一視野の(d)面内、および(e)面外方向の垂直歪みマップを示す。InGaN は GaN より格子定数が大きく、n-GaN に対して面内方向に整合、面外方向に伸張していることから、InGaN 層は面内圧縮状態にある。さらに、膜厚方向に歪み量の分布が見られる。貫通転位は、InGaN 層の圧縮応力場により余剰原子面側に転位が上昇運動を起こし、p-GaN 層では相対的に逆向きに上昇運動することで貫通転位の湾曲を説明できる(2)。さらに、貫通転位近傍では InGaN 層が 1 nm 厚いことから転位芯の弾性場による In の引き込み効果を示唆している。

文 献: (1) T. Matsuoka, Y. Kobayashi, H. Takahata, T. Mitate, S. Mizuno, A. Sasaki, M. Yoshimoto, T. Ohnishi and M. Sumiya: Phys. Stat. Sol. B, 243(2006), 1446-1450. (2) N. Kuwano, Y. Kugiyama, Y. Nishikouri, T. Sato and A. Usui: J. Cryst. Growth, 311(2009), 3085-3088.

奨励賞
Co/Co6W6C ヘテロ構造ナノ粒子の原子分解能構造解析

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応募部門

第3部門 透過電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

熊本 明仁, 東京大学・日本電子産学連携室
幾原 雄一, 東京大学・日本電子産学連携室
項 栄, 東京大学
安 華, 東京大学
丸山 茂夫, 東京大学

作品の説明

 単層カーボンナノチューブ(SWCNT)のカイラリティ制御のメカニズムは明らかになっていない。我々は Co-W-C 系 SWCNT 触媒ナノ粒子について、高角環状暗視野走査透過型電子顕微鏡法(HAADF-STEM)とエネルギー分散型 X 線分析(EDS)を併用し構造解析を実施した。図(a)のナノ粒子は、左下と右上で異なる原子構造像であり、それぞれ hcp-Co と Co6W6C結晶であることが HAADF-STEM 像と像シミュレーション、STEM-EDS より明らかになった(1)。これらの結晶は、[1120¯]hcp-Co //[111]Co6W6C および[0001]hcp-Co //[11¯0]Co6W6C の方位関係であったことから、Co6W6C 結晶場の拘束によって、SWCNT 触媒として活性な金属 Co が特定の結晶面から出現したシナリオを顕現化している。そのようなナノ粒子が見つかる基板からは、カイラリティ選択性を有するSWCNT が形成されている。

文献:H. An, et al.: Sci. Adv., 5(2019), eaat9459.

奨励賞
石英ガラス板の超高速衝突(内部損傷進展過程の実時間光弾性撮影)

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応募部門

第4部門 顕微鏡関連部門

応募者・共同研究者

長野 幹雄, 首都大学東京/JAXA 宇宙科学研究所
川合 伸明, 熊本大学 IPPS
北薗 幸一, 首都大学東京
長谷川 直, JAXA 宇宙科学研究所
佐藤 英一, JAXA 宇宙科学研究所

作品の説明

 脆性透明材料である石英ガラスにおいて、直径 1 mm、速度2.0 km/s の鋼球の超高速衝突により発生した内部亀裂が、弾性応力波の通過により断続的に進展する様子を、シャドウグラフと光弾性の超高速ビデオカメラ 2 台により直接観察した(図1)(1)。特に図2の進展挙動の後半の(ii)(iii)段階では、モード変換を伴う裏面での反射により縦波と横波の二つに分離した応力波が段階的に損傷先端へ到達し、損傷進展が一旦停滞した後に再度急速に進展するという損傷進展プロセスが明瞭に観察された(図3)。

文献:(1) 長野幹雄、川合伸明、長谷川直、北薗幸一、佐藤英一:日本機械学会論文集、84(2018)、18-00012。

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