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- 第72回(2022年)
金属組織写真賞
第72回金属組織写真賞 選評
本年度の応募件数は1. 光学顕微鏡部門 2件、2. 走査電子顕微鏡部門 2件、3. 透過電子顕微鏡部門 3件、4. 顕微鏡関連部門 2件の計9件であった。
選考委員会での事前評価結果を理事会において報告し、金属組織写真賞規則に従って、最優秀賞1件、優秀賞2件、奨励賞1件の授賞を決定した。
Web審査を踏襲し、選考委員20名に順位点と評価点(5点満点)、および評価の高い作品については選定理由の記載を依頼した。その結果、透過型電子顕微鏡部門から最優秀賞1件、光学顕微鏡部門と透過型電子顕微鏡部門から優秀賞2件、顕微鏡関連部門から奨励賞1件が選ばれることとなった
最優秀賞「(Li, La)TiO3対応傾角粒界における局所イオン伝導測定および原子構造解析」(3. 透過電子顕微鏡部門)は、電気化学歪み顕微鏡法(ESM)、走査透過型電子顕微鏡法(STEM)、電子エネルギー損失分光法(EELS)を組み合わせて対応粒界のイオン伝導度を可視化し、その原子構造を詳細に解析することで粒界におけるイオン伝導性の変化を原子レベルで明らかにしたものであり、卓越した最先端顕微鏡技術であると同時に学術的価値の高い作品として評価された。
優秀賞(部門別、受付番号順)1件目「ポリアニリンによるNiの粒界を優先拡散する水素の可視化」(1. 光学顕微鏡部門)は、世界で初めて導電性高分子であるポリアニリン膜を使った金属材料中の水素分布の可視化する技法を示したものであり、従来の可視化技法に比べて広範囲にわたってリアルタイムで可視化が可能であることから、昨今、注目を集める材料中の水素の影響を調査・検討する上でも極めて重要な技法の確立であるとして高く評価された。
優秀賞2件目「Pt3Co合金触媒粒子表面Pt skin層の精密原子間距離測定」(3. 透過電子顕微鏡部門)は、高角度散乱暗視野(HAADF)による走査透過電子顕微鏡法(STEM)にて、ピコメートルスケールの計測精度を実現し、これまで実測不可能だったPt3Co合金触媒粒子の表面Pt skin層の原子間距離の変化を明らかにした。これによって、表面制御による合金系触媒の設計指針を明確にしたことの意義は大きく、学術的成果についても高く評価された。
奨励賞「同一視野の3DAP/STEM解析によるp型GaN中の転位ループへのMg偏析の観察」(4. 顕微鏡関連部門)は、低角度散乱暗視野(LAADF)による走査透過電子顕微鏡法(STEM)の観察視野において、転位ループや微小欠陥にMgが偏析している様子を3次元アトムプローブ(3DAP)で定量的に解明したことで、 Mgイオン注入を伴うGaNパワーデバイス実現に向けて重要な技術的知見のみならず優れた学術的知見が得られたことが評価された。
今回の選に惜しくも漏れた作品も、レベルの高い力作が多かった。他の学会に類を見ない独自性と学術性を重んじてきた金属組織写真賞の継続と発展のために、今後もますます優れた組織写真が応募されることを期待したい。
金属組織写真賞委員会委員長
吉見 享祐(東北大学)
受賞結果 | 最優秀賞 1件 優秀賞 2件 奨励賞 1件 |
---|---|
応募作品数 | 【第1部門】 2件 【第2部門】 2件 【第3部門】 3件 【第4部門】 2件 |
最優秀賞
(Li,La)TiO3対応傾角粒界における局所イオン伝導測定および原子構造解析
応募部門
3.透過電子顕微鏡部門(STEM, 分析等を含む)
応募者・共同研究者
1. 佐々野 駿, 東京大学
2. 石川 亮, 東京大学
3. 太田 裕道, 北海道大学
4. 柴田 直哉, 東京大学
5. 幾原 雄一, 東京大学
作品の説明
(Li,La)TiO3(LLTO)は結晶粒内において高いイオン伝導度を示すため、リチウムイオン電池における固体電解質の有力な候補物質である。しかし、多結晶体特有の粒界における大きな抵抗が実用化に向けた障害となっている。本研究では、LLTOが示す粒界抵抗の起源を原子レベルで明らかにするため、粒界方位を高度に制御した2種類のLLTO双結晶薄膜(Σ5、Σ13)を作製し、粒界の伝導度計測および原子構造解析を行った。図1(a)、(b)は、原子間力顕微鏡(AFM)の応用手法である電気化学歪み顕微鏡法(ESM)により、LLTO Σ5およびΣ13双結晶薄膜から取得したESMイオン伝導度マップである。ESMマップ中では像強度が相対的な伝導度に対応する。Σ5粒界(黒矢印)における伝導度はバルクと同程度であるのに対し、Σ13粒界(白矢印)近傍では伝導度が著しく低下している様子が観察された。したがって、LLTO粒界における伝導度は粒界構造に強く依存することが分かる。図2(a)は、走査透過型電子顕微鏡(STEM)により、Σ5粒界から取得した環状暗視野(ADF-STEM)像である。ADF像は原子番号に依存した像強度を示すため、最も明るい輝点がLa-richコラムに対応しており、バルクにおいてLa-rich/poor層が交互に積層しているのが分かる。また、Σ5粒界が規則的に配列した構造ユニット(白線)から形成されていることも分かる。図2(b)は、粒界コアから取得したABF-STEM像であり、ADFでは観察が困難な酸素などの軽元素も暗点として結像される。図2(c)は、電子エネルギー損失分光(EELS)を用いて取得した元素マッピング(Ti:赤、La:緑)であり、Σ5粒界コアにおいて6つのTi-Oコラムが1つのLa-richコラムを取り囲んでいる様子が明瞭に観察された。ADF、ABF、EELSの結果に基づき作成したΣ5粒界の原子構造モデルを図2(b)に示す。2つのTiO6八面体(緑の四角形)が少し歪んではいるものの、全てのTiサイトがバルクと同じ酸素6配位の構造を有することが分かった。このように、Σ5粒界は原子配列の乱れが小さな単一の構造ユニットで構成されており、バルクに近い原子構造・配位環境が保持されることで、バルクと同程度の伝導度を示したと考えられる。図3(a)はΣ13粒界から取得したADF-STEM像であり、Σ5粒界同様に構造ユニット(白線)の規則配列が観察された。また、図3(b)に示すABF-STEM像において、Σ13粒界上の酸素コラム強度がバルクに比べて低下しており、酸素空孔の形成が予想されるが、実際にEELSにより酸素空孔の導入が確認された。さらに、図3(c)に示すEELS元素マッピングにおいて、上方の構造ユニットでは2つのLa-richコラムが明瞭に見られるのに対し、下方の構造ユニットではTiが散在しており、構造ユニットごとに原子構造が異なることが分かる。ADF、ABF、EELSの結果を基に作成したΣ13粒界の原子構造モデルを図3(b)中に示している。6つのTiサイト(赤い四角形)はバルクと同様のTiO6八面体構造を保持している一方で、3つのTiサイト(水色の三角形)において酸素配位数の減少が観察された。以上の結果から、Σ13粒界は酸素空孔の形成や配位数の減少により、バルクとは大きく異なる原子構造を有することが明らかとなった。このような原子レベルでの構造変化が、粒界抵抗を誘起していると考えられる。
学術的価値
LLTOの実用化においては大きな粒界抵抗が課題の一つであったが、伝導度低下の詳細なメカニズムに関しては不明であった。本研究では格子整合度の異なる2種類の粒界について伝導度と原子構造を比較することにより、粒界抵抗の起源について原子レベルで明らかにした。本結果は、固体電解質における伝導度の飛躍的な改善に向けた材料設計指針となることが期待される。
技術的価値
従来のLLTO粒界に関する研究では多結晶体が用いられており、個々の粒界における伝導度と原子構造を関連付けて議論することが困難であった。本研究ではLLTO双結晶薄膜を設計・作製し、同一の粒界に対してAFMおよびSTEMによる観察を行うことにより、LLTO粒界における原子構造と伝導度との関係性について直接議論することを実現した点に技術的価値がある。
組織写真の価値
本研究ではADF、ABF-STEMおよびEELS元素マッピングを融合することで、LLTO Σ5およびΣ13粒界の全元素種を含めた原子構造の同定に成功した。また、Σ5粒界においてバルクと同様の構造が形成されているのに対し、Σ13粒界はバルクと大きく異なる構造を有しており、粒界の伝導度に重大な影響を及ぼしていることが示唆された点に意義がある。
材料名
(Li,La)TiO3 Σ5およびΣ13双結晶薄膜
試料作製法
SrTiO3 (STO)単結晶を熱拡散接合することにより、Σ5(310)/[001]およびΣ13(510)/[001]の相対方位関係を有する2種類のSTO双結晶を作製した。これらの双結晶を切り出し双結晶基板とし、パルスレーザー堆積法を用いてSTO基板上にLLTO薄膜をヘテロエピタキシャル成長させ、LLTO Σ5(310)/[001]およびΣ13(510)/[001]双結晶薄膜を作製した。成膜はKrFエキシマレーザー(248 nm,10 Hz, ~2 J cm-2 pulse-1, 12000 pulses)をLi0.30La0.57TiO3ターゲットに照射し、酸素圧力4Pa、基板温度1193K、成膜速度~8.3pm pulse−1の条件下で行われた。薄膜X線回折装置ATX-G(Rigaku Co.)を用いてLLTO Σ5およびΣ13双結晶薄膜を測定した結果、いずれの膜も厚さは100nm程度であった。
観察手法
ESM測定は原子間力顕微鏡Cypher ES(Asylum Research)およびTi/Irコートが施してある導電性プローブASYELEC.01-R2(Asylum Research)を用いて行った。LLTO薄膜は大気中の湿気に敏感であり伝導度の低下につながるため、窒素ガス雰囲気化において測定を行った。リチウムイオンの移動を誘起するため、1VのAC電圧に8VのDC電圧を重畳してプローブ先端に印加した。また、ESM測定においてはDual AC共振トラッキングを利用し、常に共振周波数付近でカンチレバーを振動させ高感度にESM信号を検出した。次に、機械研磨およびイオンミリングによってSTO基板を除去し、STEM観察用の薄片試料を作製した。ADF、ABF-STEM像およびEELS元素マッピングはARM300CF(JEOL、Ltd)によって取得した。収束角30mrad、検出角はABFが15–30mrad、ADFが90–200mradの条件で観察を行った。
出典:S. Sasano, R. Ishikawa, G. Sánchez-Santolino, H. Ohta, N. Shibata, and Y. Ikuhara, Nano letters, 2021, 21, 6282.
優秀賞
ポリアニリンによるNiの粒界を優先拡散する水素の可視化
応募部門
1.光学顕微鏡部門
応募者・共同研究者
1. 柿沼 洋, 東北大学金属材料研究所
2. 味戸 沙耶, 東北大学金属材料研究所
3. 北條 智彦, 東北大学金属材料研究所
4. 小山 元道, 東北大学金属材料研究所
5. 秋山 英二, 東北大学金属材料研究所
作品の説明
本作品は、純Ni中の水素は特定の粒界を優先拡散することを示している。(a)はポリアニリンによる水素可視化の模式図である。純Ni箔の片側にポリアニリン膜を作製し、対物レンズを用いてポリアニリンの色調変化を観察した。ポリアニリンは金属材料中の水素と反応して色調が明るくなるため、純Ni箔の反対側から水素チャージを行うと、純Ni箔を透過した水素とポリアニリンが反応し、水素分布の経時変化を可視化することができる。(b)は水素透過試験前のポリアニリンの光学顕微鏡写真である。紫色のポリアニリン膜が均一に作製されている。(c)から(e)は、水素透過試験中のポリアニリンの光学顕微鏡写真である。水素が純Ni箔の粒界を優先的に拡散し、ポリアニリンの色調が徐々に明るくなっている。純Ni箔の粒内では水素は比較的緩やかに拡散するため、ポリアニリンの色調は紫色から青色へと変色している。(f)は試験後に電子線後方散乱回折により結晶粒界性格を解析した結果である。ポリアニリンの色調が明るくなった領域は、純Ni箔の粒界と対応していることが示されている。さらに、粒界傾角が50°以上の粒界では水素の拡散が比較的緩やかになる傾向があることが示されている。
学術的価値
金属材料中の水素の拡散挙動は、金属組織に依存することが知られている。そのため、金属材料の水素脆化機構を解明するためには、金属組織由来の水素分布を可視化する必要がある。導電性高分子による金属材料中の水素分布の可視化は世界初である。本手法のポリアニリン膜は広い視野の水素分布を高空間分解能かつ高感度で可視化可能で、様々な金属材料中の水素の拡散挙動の解析に適用されることが期待される。
技術的価値
従来の水素分布の経時変化を可視化する技術は、走査型電子顕微鏡や走査型ケルビンプローブフォース顕微鏡などを使用するため観察視野が狭く、装置が高価であるなどの課題があった。本手法は光学顕微鏡ならではの”色”を利用して水素を可視化しており、簡便、安価かつ安全な方法で広範囲の水素分布の経時変化を高分解能かつ高感度で観察可能である。
組織写真の価値
ポリアニリンによる水素可視化技術は可視化できる範囲が広いだけでなく、空間分解能と水素感受性が非常に高い。そのため、様々な結晶粒界性格の粒界を同一視野に収めながら、各粒界における水素分布をリアルタイムで可視化している。電子線後方散乱回折による結晶粒界性格の解析結果から、結晶粒界性格ごとに水素透過時間が異なっていることも明らかにされている。
材料名
純Ni箔(99.9%)
試料作製法
(a)ポリアニリンによる水素の可視化:純Ni箔を過塩素酸-酢酸水溶液を用いて電解研磨後、水溶液で洗浄した。純Ni箔の厚さは0.1mmとした。片面のみを硫酸酸性アニリン水溶液に接触させ、膜状のポリアニリンを電解重合した。その後、0.1M NaOH水溶液を用いて-10 A / m2で水素チャージしながらポリアニリンの色調変化を光学顕微鏡を用いて観察した。(b)電子線後方散乱回折法による結晶粒界性格の測定:(a)で使用した試料を1M NaOH水溶液に浸漬し、ポリアニリン膜を除去した。その後、電子線後方散乱回折法を用いて結晶粒界性格を測定した。
観察手法
光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡法
出典:オリジナル
優秀賞
Pt3Co合金触媒粒子表面Pt skin層の精密原子間距離計測
応募部門
3.透過電子顕微鏡部門(STEM, 分析等を含む)
応募者・共同研究者
1. 大森 雄貴, ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所
2. 黄 馨慧, ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所
3. 仲山 啓, ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所
4. 小林 俊介, ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所
5. 桑原 彰秀, ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所
作品の説明
車載用燃料電池の本格的な普及には電極触媒の性能向上が求められている。燃料電池の電極触媒に広く用いられているPt系触媒では、粒子表面における原子間距離の変化が触媒活性に強く影響を及ぼすと理論計算で予測されているが、原子間距離の実測データは殆どないのが実状である。本研究では、走査透過電子顕微鏡(STEM)法の観察手法の一つである高角度散乱暗視野(HAADF)法と高精度画像取得・解析技術を組み合わせて、Pt3Co合金触媒粒子の表面Pt skin層における原子間距離の計測を実施した。粒子内部Pt3Coと表面Pt skin層における各原子間距離の差は、単純な結晶構造モデルを仮定すると、約2pmであると予測される(図1 (a)、(b))。 図2 (a)、(b)にPt3Co合金触媒粒子のHAADF STEM像を示す。HAADF STEM像中の各輝点は原子カラム位置に対応し、そのコントラストは原子番号Zの約二乗に比例することから、Pt (Z = 78)はCo (Z = 27)よりも明るいコントラストとして観察される。図2 (b)に示すPt3Co合金粒子においてPtカラムとPt-Coカラムが規則構造を形成していることが分かる。ここで高精度に原子カラム位置を計測するためには、スキャン中のイメージドリフトやノイズを減少させる必要がある。そこで、高速スキャンにより取得した各画像のドリフト補正を行い、原子カラムの位置精度を向上させた積算像を構築した。図3(a)に積算法により取得したPt3Co合金触媒粒子の触媒活性と密接に関係している(111)表面近傍のHAADF STEM像を示す。表面から3原子層程度の領域に粒子内部のPt-Coカラムとは異なるコントラストが存在している。EDS分析の結果、当該領域ではPtが主成分として存在していることを確認した。このことから、最表面第1層(図中矢印)においてコントラストが低下している要因は原子番号が小さいCoが存在しているためではなく、Pt空孔が存在し、観察方向に対して密度が低下しているためと推測される。図3(a)のHAADF STEM像から2次元ガウシアンフィッティングを用いて原子カラム位置に対応した各輝点中心座標を高精度に抽出することで原子間距離計測を実施した。図1(a)のPt3Co規則合金の格子定数を基準として、HAADF STEM像から計測した原子間距離の収縮と膨張をカラーマップ表記(青:収縮、赤:膨張)した計測結果を図3(b)、(c)に示す。(111)表面に対して平行な方向(図3 (b))ではPt3Co規則合金と表面Pt skin層の原子間距離がほとんど変化していない。一方、(111)表面に鉛直方向(図3 (c))ではPt skin層の原子間距離が表面状態に依存して大きく変化している。図3(c)右下のPt層が明瞭に配列している領域では膨張、Pt空孔が存在している最表面層では収縮(図3(c)左上領域)している。これらの変化は単純な結晶構造モデルから得られるPt3Co規則合金とPtの原子間距離の差(1.5~1.8 pm)よりも大きく変化していることから、表面構造が緩和した結果であると考えられる。また、表面状態の変化(空孔の有無)により原子間距離が収縮と膨張することは触媒活性へも影響しうる変化である。以上の結果は、STEMによるピコメートルスケールの原子間距離計測により初めて得ることができた知見であり、今後のPt系燃料電池電極触媒開発において重要な設計指針を与える成果であると結論付けられる。
学術的価値
本研究は、ピコメートルスケールの計測精度を実現することで、今まで実測不可能だったPt3Co合金触媒粒子の表面Pt skin層の原子間距離変化を明らかにしたことに意義がある。これは、合金化によるPt系触媒の触媒活性の向上に、表面Pt skin層の原子間距離が寄与していることを示唆している。本観察結果は、表面制御によるPt系燃料電池電極触媒の設計指針を明確にした点において、非常に有意義である。
技術的価値
原子カラム位置の精度向上を目的として、画像取得時のパラメータ毎の精度検証を行い、最適な撮影条件を決定した。取得した約100枚の画像に対してドリフト補正を行うことで、位置精度の高い積算像を構築した。得られた積算像に対する2次元ガウシアンフィッティングにより原子カラムの輝点中心座標を高精度に抽出することで、ピコメートルスケールの精度を持つ原子間距離の実測が可能となった。
組織写真の価値
これまでHAADF STEM像を用いた原子変位の計測は、主に強誘電体材料における分極構造などの解析に用いられてきた。この計測技術を他分野である触媒粒子の表面構造解析へ展開したことに新規性がある。また、今回の成果は従来のX線回折等の平均情報からでは取得が困難な超局所領域である表面数原子層の原子間距離を実測したことにも高い優位性がある。
材料名
30 wt.% Pt3Co/carbon
試料作製法
試料作製は30wt.% Pt3Co/carbon (Sigma-Aldrich)の粉末をカーボン支持膜付きCuグリッド上に分散し観察を実施した。
観察手法
球面収差補正付き走査透過電子顕微鏡(STEM: Scanning Transmission Electron microscopy, JEM-2400FCS, JEOL Ltd.)を用いて、加速電圧200 kVで高角度散乱暗視野(high angle annular dark field: HAADF)法により観察を実施した。また、HAADF STEM像取得時の画素数、画像サイズ、走査速度、照射電流密度などのパラメータ毎の原子カラム位置精度の検討を行い、最適化した条件にてHAADF STEM像を取得した。
出典:なし
奨励賞
同一視野3DAP/STEM解析によるp型GaN中の転位ループへのMg偏析の観察
応募部門
4.顕微鏡関連部門(FIM, APFIM, AFM, X線CT等)
応募者・共同研究者
1. 埋橋 淳, 物質・材料研究機構
2. Ashutosh Kumar, 物質・材料研究機構
3. 田中 亮, 富士電機
4. 高島 信也, 富士電機
5. 江戸 雅晴, 富士電機
6. 大久保 忠勝, 物質・材料研究機構
7. 宝野 和博, 物質・材料研究機構
作品の説明
窒化ガリウム(GaN)は高効率な次世代パワーデバイスとして期待されているが、十分な特性を有するp型GaNの作製技術確立がGaNパワーデバイス実現への鍵となっている。Mgをイオン注入したのちに活性化高温熱処理を施す手法が有力視されているが、今なおイオン注入条件や熱処理条件は最適化の最中である。これまでにもMgイオン注入GaNにおいて意図せぬMg偏析が生じることは知られていたが、その現象が十二分に解明されているとは言えない状況であった。そこで我々はまず低角環状暗視野(LAADF-)走査型透過型電子顕微鏡(STEM)法により3DAP試料内の転位ループを観察し、同一試料から3次元アトムプローブ(3DAP)分析を行うことで、STEM像で観察された転位ループや微小欠陥にMgが偏析している様子を3次元的かつ定量的に解明した。なお、この組織写真で示しているMgイオン注入GaNのMg量は約0.01at%であり、このように極微量のMgの3次元分布は数十ppmオーダーの検出限界を持つ3DAPでしか可視化不能である。この解析手法は、Mgイオン注入条件や熱処理条件の最適化のための重要な指針となり、GaNパワーデバイス実現に向けた研究開発加速化に大きく貢献することが期待される。
学術的価値
次世代パワーデバイスとして有力視される窒化ガリウム(GaN)であるが、Mgイオン注入によるp型GaNでのMgの活性化率の低さがGaNパワーデバイス実現のためのボトルネックとなっている。この原因をナノ組織解析の観点から究明することは、より高い特性のp型GaNへ向けた作製技術の確立に必須である。同一視野での転位ループや微小欠陥とMg分布を明らかにすることの学術的価値は高い。
技術的価値
これまでもTEM-EDS法や3DAPによるMg偏析の観察例もあったが、欠陥サイズがTEM試料膜厚よりも小さいことやEDS検出限界の制約から精緻なナノ組織解析は行われてこなかった。今回の同一視野3DAP/STEM解析によりMgの3次元分布を定量的に、かつ転位ループや微小欠陥との関係性も含めて観察することが可能となり、p型特性とナノ組織構造の関連について大きく踏み込んだ議論が可能となった。
組織写真の価値
3次元アトムプローブの特長は、数十ppmオーダーの検出限界で3次元に原子配列を観察できる点にあり、透過型電子顕微鏡の特長は転位ループや欠陥といった結晶構造の情報を得られる点にある。今回の組織写真では、それぞれの手法のアドバンテージをかけあわせることで飛躍的に精緻なナノ組織解析が可能となった点に価値がある。
材料名
Mgイオン注入窒化ガリウム(GaN)
試料作製法
集束イオンビーム(FIB)装置によるリフトアウト法(FEI HeliosG4UX)
観察手法
集束イオンビーム装置によるリフトアウト法でTEMグリッド上に作製したMgイオン注入窒化ガリウム(GaN)の3次元アトムプローブ用試料を、走査透過型電子顕微鏡(FEI Titan G2 80-200)にて結晶の歪みを観察できる低角環状暗視野(LAADF-)走査型透過型電子顕微鏡(STEM)法で画像取得、その後、3次元アトムプローブ(CAMECA LEAP5000XS)にて3次元のMg原子マップを取得し、LAADF-STEM像とMg原子マップの分布関係を照合した。
出典:A. Kumar, J. Uzuhashi, T. Ohkubo, R. Tanaka, S. Takashima, M. Edo, and K. Hono, J. Appl. Phys. 126 (2019), 235704. (https://doi.org/10.1063/1.5132345)
応募作品
低合金TRIP鋼の組織間炭素分配定量解析
応募部門
2.走査電子顕微鏡部門(分析, EBSD等を含む)
応募者・共同研究者
1. 田中 裕二, JFEスチール株式会社スチール研究所
2. 山下 孝子, JFEスチール株式会社スチール研究所
3. 石川 伸, JFEスチール株式会社スチール研究所
4. 田中 孝明, JFEスチール株式会社スチール研究所
5. 田路 勇樹, JFEスチール株式会社スチール研究所
作品の説明
自動車用鋼板には衝突安全性と車体軽量化のために高い強度が必要とされているが、プレス成形時の割れを防ぐため、高い延性も求められる。変態誘起塑性(TRansformation Induced Plasticity, TRIP)鋼板は引張強さと延性を高いレベルでバランスできることから、自動車用鋼板として盛んに研究されている材料である。TRIP鋼の高い強度・延性バランスは、高温におけるFeの安定相であるγ相(FCC構造)が室温でも一部残存することによるもので、残存したγ相(残留γ相)の分率が大きいほど強度・延性バランスが向上することが知られている。より多くの残留γ相を得るためには、γ相安定化元素である炭素を熱加工処理でγ相に濃化させることが重要であるため、TRIP鋼の組織を制御するうえで、組織中の炭素分配を定量的に解析する技術が必要である。しかし、低炭素鋼のγ相中の炭素濃度は濃化しても高々1mass%程度と微量であるため、通常の電子顕微鏡を用いた分析では定量分析が困難であった。これは、電子線を照射した試料表面に炭化水素からなる汚染物(コンタミネーション)が付着するため、試料からの微量の炭素信号がコンタミネーションの炭素信号に埋もれてしまうためである。我々は極限までコンタミネーションを抑制する技術と炭素分析の高感度化を追求し、鋼中微量炭素を面分析で定量評価可能なCアナライザー装置を世界で初めて開発した。Cアナライザーは電界放射電子線マイクロアナライザー(FE-EPMA)をベースとした装置であり、0.01mass%を切る精度での炭素定量分析を可能とした。ただし、Cアナライザーによる分析では、炭素の分析精度を保証するために試料表面を平滑にする必要があるため、詳細な組織情報を得るためには、別途SEM観察やEBSD測定が必要となる。今回、炭素分布と組織を精緻に対応させることを目的に、同一視野のCアナライザー/SEM-EBSD複合解析手法を開発し、TRIP鋼中の残留γ相及びマルテンサイト組織に対応した炭素濃度マップを得ることに成功した。図(a)はCアナライザーにより得た炭素濃度マップ、図(b)は同一視野のSEM-EBSD相マップとImage Quality(IQ)マップを重ね合わせることにより得た組織マップであり、IQ値が低く暗い領域がマルテンサイト組織に対応する。両者を比較すると、炭素濃度が0.8mass%以上の領域は残留γ相である割合が高く、炭素濃度が0.8mass%未満の領域はマルテンサイト組織である割合が高い。しかし、炭素濃度マップと組織マップは使用装置が異なるため、極力同じ場所を分析しても、試料ドリフトの影響で両者を完全に対応させることは困難である。そこで、EBSD画像を小領域に分割し、小領域ごとに炭素濃度マップと整合するよう画像相関法を用いて位置補正することで、高精度で両マップの重ね合わせを可能にする解析技術を開発した。図(c)は位置補正後の組織マップからマルテンサイト組織のみを抽出し、図(a)の炭素濃度マップと重ね合わせて得たマルテンサイト組織の炭素マップである。また図(d)は同様の手法で組織マップからFCC相のみを抽出し、炭素濃度マップと重ね合わせて得た残留γ相の炭素マップである。組織と炭素濃度の対応を正確に得ることができるようになった結果、組織間の平均的な炭素濃度の差のみでなく、同一組織内においても結晶粒毎に炭素濃度が異なること、マルテンサイト組織では同一結晶粒内でも炭素濃度が変動すること等、視野内に含まれる様々な不均一性を捉えることができた。
学術的価値
低合金TRIP鋼の残留γ相にはマルテンサイトよりも炭素が大きく濃化していることを直接的に示した。また、炭素濃度は結晶粒間でばらついており、実際の組織は熱力学平衡に達する前の不均一性の大きいものであることを明らかにした。一部のマルテンサイト組織の炭素濃度は残留γ相の平均的な炭素濃度よりも高い値を示したことから、残留γ相/マルテンサイト組織の違いは炭素濃度の差のみでは説明できないことが明らかとなった。
技術的価値
組織構成が複雑な低合金TRIP鋼における炭素濃度分布をCアナライザーにより定量解析し、同一箇所のSEM-EBSD組織と位置補正して重ね合わせる手法を開発した。これにより、本組織のように1µm以下の微細組織を含む複雑な組織においても、濃度マップと組織マップの正確な対応を可能とした。本手法は、新たな超高強度高延性鋼板の開発に寄与するものであり工業的価値も高い。
組織写真の価値
TRIP鋼において炭素がマルテンサイト組織よりも残留γ相により濃化することを、X線回折や中性性回折等の平均手法ではなくミクロな顕微鏡像で直接示した。また、結晶粒間の炭素濃度ばらつきも1枚の視野中で捉えることができた。
材料名
C、Si、Mnを含む低合金TRIP鋼板
試料作製法
試料断面を機械研磨しアルミナ仕上げでCアナライザー分析を行った。分析後に最表面を極わずかに機械研磨しコンタミネーション、自然酸化被膜を除去後、ナイタールで組織エッチングをしSEM-EBSD分析に供した。
観察手法
Cアナライザーは加速電圧7kV、照射電流50nAで面分析を行った。SEM-EBSDは加速電圧20kVでCアナライザー測定箇所と同一場所を測定した。
出典:Y. Tanaka, T. Tanaka, Y. Toji. T. Yamashita, CAMP-ISIJ 32, 680 (2019)
応募作品
REBa2Cu3O7-y高温超電導接合線材の断面組織
応募部門
3.透過電子顕微鏡部門(STEM, 分析等を含む)
応募者・共同研究者
1. 加藤 丈晴, ファインセラミックスセンター
2. 吉田 竜視, ファインセラミックスセンター
3. 横江 大作, ファインセラミックスセンター
4. 大木 康太郎, 住友電気工業
5. 永石 竜起, 住友電気工業
6. 柳澤 吉紀, 理化学研究所
7. 平山 司, ファインセラミックスセンター
8. 幾原 雄一, 東京大学、ファインセラミックスセンター
9. 前田 秀明, 科学技術振興機構、理化学研究所
作品の説明
超電導接合技術は超電導マグネット等の超電導機器開発におりて、極めて重要な要素技術の一つである。近年、REBa2Cu3O7-y(REBCO, RE:希土類元素、Y、 Gd等(図1))を超電導層とする高温超電導線材を、intermediate grown superconducting (iGS)接合法により安定的に超電導接合する技術開発に成功している。REBCO線材は、高2軸配向を有するセラミックス中間層が形成された金属テープ基板上にREBCO超電導層が成膜されている(図2)。iGS接合法では、フッ素フリー原料溶液を用いて、2つの超電導層の間に、REBCO微結晶を挟み、これを高温低酸素分圧下で配向させることにより超電導接合を実現した。今回、接合結晶の原料にYBCO材料を採用し、GdBCO超電導線材を接合させたサンプルについて(図3)、接合領域を走査型透過電子顕微鏡による高角度散乱環状暗視野(HAADF)観察した。図4(a)に接合領域のHAADF像、(i)~(v)に(a)のI~V領域に対応するフーリエ変換(FFT)パターンを示す。上下のGdBCO超電導層はII~IVに示す接合結晶により隙間なく接合された状態を確認することができた。また、(i)~(v)のFFTパターンから上下のGdBCO層および接合結晶のc軸は揃っている。エネルギー分散X線分光分析により、接合結晶にはGdが含まれていることが分かったため、接合結晶は、(Y,Gd)BCO結晶と同定できた。図4(b)、(c)のHAADF像から、(Y,Gd)BCO接合結晶とGdBCO層の界面(黄色矢印)を特定することができ、さらに、上下のGdBCO超電導層上から(Y,Gd)BCO接合結晶がピタキシャル成長していることが判明した。
学術的価値
高温超電導接合線材の接合組織を明らかにすることができ、接合結晶はGdBCO超電導層からエピタキシャル成長していることが分かった。この組織観察から、超電導接合電流はREBCO結晶のc軸方向に流れていると考えられる。このような超電導接合組織を形成することで、10-15Ω以下の接合抵抗を実現し、REBCO線材で永久電流ループを可能にした。
技術的価値
REBCO接合線材の永久電流モードの実現により、REBCO線材を用いたNMR用超電導コイルで、2年以上の長期間にわたり高安定磁場の動作を確認するとともに、実用的なNMR信号取得にも成功した。本技術は、MRIにも展開可能な技術であり、REBCO線材の適用による超電導機器の小型化、高性能化が期待できる。
組織写真の価値
iGS接合法によるREBCO超電導接合では、超電導層と異なるRE元素の接合結晶でも接合組織を形成することが可能であることを示すことができた。また、超電導接合に用いた接合結晶と線材の超電導層との界面を特定することができた。
材料名
高温超電導線材の積層構造は、GdBCO/CeO2/YSZ/Y2O3/配向Ni/Cu/SUS316Lである。接合結晶の原料溶液には、Y:Ba:Cuの組成比が1:2:3組成のフッ素フリー金属有機溶液を用いた。
試料作製法
GdBCO線材上に、Y:Ba:Cuの組成比が1:2:3組成のフッ素フリー金属有機溶液をコーティングし、酸素雰囲気下、500℃で仮焼した後、800℃まで昇温し、室温まで降温した。コーティングした線材にもう一つのGdBCO線材を貼り合わせ、治具で固定することにより荷重を与えながら、100 ppmの酸素雰囲気下で800℃の熱処理を20分実施し、その後、1気圧の酸素雰囲気中で、500℃から200℃まで6時間程度かけて徐冷して、超電導層に酸素を導入した。
観察手法
加速電圧6kVのArイオンビームを用いて、接合線材を少しづつ移動させながら、合計10時間程度照射し、4mm幅の接合線材切断した。その後、Arイオンビームの加速電圧を4~2 kVに徐々に低下させ、接合領域の断面出しを行った。断面出しを行った領域からFIB-マイクロサンプリング法により接合領域をTEM観察試料用に薄片化し、最終的に加速電圧0.05kVのArイオンビームを照射して、TEM観察試料に仕上げた。接合領域の観察には日本電子製JEM-2100F(加速電圧200 kV、電子プローブ収差補正レンズ装備)を用いた。
出典:T. Kato et al., Supercond. Sci. Technol., 33 (2020) 105008. 加藤丈晴ら”REBa2Cu3O7-x高温超電導接合の微細組織”、まてりあ、60、No.4 (2021)212-217.
応募作品
Cu-0.03wt%P合金の凝固過程におけるデンドライトの再溶融挙動
応募部門
4.顕微鏡関連部門(FIM, APFIM, AFM, X線CT等)
応募者・共同研究者
1. 小森 康平, 株式会社神戸製鋼所 技術開発本部 材料研究所 精錬凝固研究室
2. 西村 友宏, 株式会社神戸製鋼所 技術開発本部 材料研究所 精錬凝固研究室
3. 堀口 元宏, 株式会社神戸製鋼所 技術開発本部 材料研究所 精錬凝固研究室
4. 安田 秀幸, 京都大学 工学研究科
作品の説明
本写真は、放射光を用いた時間分解X線イメージングにより、Cu-0.03wt%P合金(りん脱酸銅)の凝固過程を撮影した透過像である。本実験により、連続冷却過程において初晶のCuデンドライトが再溶融する特異な現象を見出した。試料の大きさは10mm×10mm×0.1mmであり、観察領域は1mm×1mmである。透過像のピクセルサイズは、1ピクセルが0.5μmである。試料全体が完全に溶融した状態から、0.167K/sの一定速度で冷却し、凝固過程を毎秒1枚の時間分解で撮影した。また、試料中の温度はほぼ均一である。各透過像の縮尺は同じである。図1(a)は凝固開始直前であり、観察領域全体が液相である。この時間を0秒として、各透過像の時間を評価した。透過像中に存在する丸い箇所は試料の溶解時に形成した気泡(ガス)である。図1(b)は図1(a)から2秒経過し、0.334K温度程度低下した凝固開始直後の透過像である。初晶のCuがデンドライトで成長する過程を観察できた。図1(b)から4秒後(0.668Kの温度低下)の図1(c)において、冷却しているにも関わらず図1(b)で観察されたデンドライトが再溶融した。更に4秒経過した図1(d)では、画像中右上のデンドライトはほぼ再溶融し終わった。ここで、デンドライトが再溶融している過程において、画像中左下よりほぼ平滑な固液界面(凝固界面)が移動する様子が観察された。図1(e)では、固液界面が平滑からセル状デンドライトへと変化しながら、試料の右上へ向かって凝固が進行した。図1(e)の15秒後には観察領域全体で凝固がほぼ完了した。以上のように、凝固過程(連続冷却過程)でデンドライトが再溶融し、その後セル状デンドライトで凝固が進行する過程を時間分解でその場観察できた。
学術的価値
これまでに報告例が少ないCu合金の凝固過程を観察でき、デンドライトが再溶融する現象を見出した点に新規性がある。本結果は室温での凝固組織観察では、凝固組織形成過程を正確に把握することが困難な可能性を示している。また、例えば凝固組織の2次アーム間隔測定において、凝固中に再溶融することで本来の冷却速度との相関性を外れている可能性を示唆しており、銅合金の組織形成に対して有益な知見を得られるものだと言える。
技術的価値
今回の観察に求められる技術課題は、1)1200℃まで昇温可能な炉、2)X線を十分に透過し、0.1mmの液膜形状を保持できる試料セルと保持容器の材質、3)時間分解(1fps程度)で観察できるX線光学系、4)組織を明瞭にできる画像処理方法である。最も課題となったのは2)であり、液膜形状を保持するため材質に単結晶アルミナを用いた。
組織写真の価値
Cu合金において、凝固過程でのデンドライトの再溶融及びその後のセル状デンドライトでの凝固の進行観察した点に新規性がある。今回の写真では、室温での凝固組織観察では確認が困難なデンドライトを確認できた点で優れている。
材料名
組成はCu-0.03%P(wt%)であり、JISにおけるC1220に相当する汎用のりん脱酸銅である。
試料作製法
10mmx10mmx0.1mmの試料を作製した。10mmx10mmの中での厚さのばらつきは、0.1mm±20μm以内とした。厚さにばらつきがあると、試料溶融時に保持容器で均等に押さえることができないため、液膜状での保持が困難となる。単結晶アルミナのクリープ変形を抑制できる試料セルの構造により、試料が溶融した際にも液膜状での形状保持が可能であった。
観察手法
その場観察はSPring-8のBL20XUで行った。SPring-8では、高輝度・高平行度な硬X線領域の単色光を利用できるため、金属材料でもデンドライトなどのミクロ組織のスケールよりも厚い試料で十分な透過X線強度を得られ、かつ高い空間分解能での観察が可能となる。観察の原理はレントゲン撮影と同じである。試料にX線を入射し、透過したX線をカメラで検出して透過像を撮影した。入射X線は試料中の密度に依存して試料に吸収されるため、固相と液相では透過X線強度が異なる。透過X線強度が強ければ明るく、弱ければ暗く観察される。また、試料が厚くなるほど、透過X線強度は低下する。Cu合金の凝固過程を観察するためには、固相と液相の密度差による吸収コントラストを明瞭に観察できるX線エネルギーと試料厚さの両方を適切に選択する必要がある。そこで今回は、28keVのエネルギーおよび0.1mmの試料厚さで観察を行った。観察は露光時間400ms、毎秒1枚の時間分解で行った。露光時間と撮影の時間分解はトレードオフの関係にあり、露光時間が長い方がコントラストはより明瞭になる。毎秒1枚の時間分解であれば凝固過程の観察には十分であったため、露光時間はできるだけ長く400msとした。
出典:写真はオリジナルである。SPring-8のBL20XUにて撮影を実施した。