- HOME
- 各種賞:日本金属学会各種賞の概要
- 金属組織写真賞
- 第73回(2023年)
金属組織写真賞
第73回金属組織写真賞 選評
本年度の応募件数は1. 光学顕微鏡部門3件、2. 走査電子顕微鏡部門4件、3. 透過電子顕微鏡部門6件、4. 顕微鏡関連部門1件の計14件であった。
選考委員会での事前評価結果を理事会において報告し、金属組織写真賞規則に従って、最優秀賞1件、優秀賞2件、奨励賞2件の授賞を決定した。
Web審査を踏襲し、選考委員14名に順位点と評価点(5点満点)、および評価の高い作品については選定理由の記載を依頼した。その結果、走査電子顕微鏡部門から最優秀賞1件、走査電子顕微鏡部門と透過電子顕微鏡部門から優秀賞2件、同じく走査電子顕微鏡部門と透過電子顕微鏡部門から奨励賞2件が選ばれることとなった。
最優秀賞「Ni-Co基超合金の微小疲労き裂の結晶学的な大規模3D解析」(2. 走査電子顕微鏡部門)では、Xeプラズマ集束イオンビーム-⾛査電⼦顕微鏡 (PFIB - SEM)を⽤いたシリアルセクショニングによって、タービンディスク⽤Ni-Co基超合⾦の微⼩疲労き裂の⼤規模かつ⾼精細な3D解析を⾏い、微小き裂の三次元形態を結晶学的情報と共に明らかにすることで、微小き裂生成・成長機構の解明につながる学術的に優れた知見を得た。また、試料作製およびデータ解析に関連する一連の技術的高さも高く評価された。
優秀賞(部門別、受付番号順) 1件目「液中銅電析過程のその場SEM観察」(2. 走査電子顕微鏡部門)は、⼤気圧SEMと呼ばれる特殊なSEMを⽤いた硫酸銅⽔溶液中での銅電析過程その場観察したものであり、電析挙動が電流密度によって大きく異なることを明瞭に示すことに成功しており、学術的にも工業的にも価値があるとして高く評価された。
優秀賞2件目「Fe-Cr系σ相におけるZonal転位の転位芯構造観察」(3. 透過電子顕微鏡部門)は、Fe-Cr系σ相がZonal転位と呼ばれる特異な転位の活動により塑性変形することを世界で初めて実証したものであり、学術的にも⼯学的にも新規性、波及効果が⾼いと評価された。
奨励賞(部門別、受付番号順) 1件目「Ti-Zr-Nb-Ta合金二相分離組織に見出された3D「玉ねぎ組織」」(2. 走査電子顕微鏡部門)は、Ti-Zr-Nb-Ta合金のスピノーダル分解による二相分離組織に3次元的な「玉ねぎ組織」を見出したもので、金属組織としてインパクトがある上、シミュレーションの結果とも対応させている点が評価された。
奨励賞2件目「小惑星リュウグウから採取した磁鉄鉱粒子の磁場観察」(3. 透過電子顕微鏡部門)は、小惑星リュウグウから採取した磁鉄鉱微粒子の磁化分布を電子線ホログラフィーによって可視化したものであり、実験技術ならびに科学的価値から優れた研究成果であるとともに、写真としてのクオリティーも高いと評価された。
今回も、惜しくも選に漏れた作品も含めて、レベルの高い力作揃いであった。他の学会に類を見ない独自性と学術性を重んじてきた金属組織写真賞の継続と発展のために、今後もますます優れた金属、材料の組織写真が応募されることを期待したい。
金属組織写真賞委員会委員長
吉見享祐(東北大学)
受賞結果 | 最優秀賞 1件 優秀賞 2件 奨励賞 2件 |
---|---|
応募作品数 | 【第1部門】 3件 【第2部門】 4件 【第3部門】 6件 【第4部門】 1件 |
最優秀賞
Ni-Co基超合金の微小疲労き裂の結晶学的な大規模3D解析
応募部門
2.走査電子顕微鏡部門(分析, EBSD等を含む)
応募者・共同研究者
1. 西川 嗣彬, 物質・材料研究機構 構造材料研究拠点
2. 古谷 佳之, 物質・材料研究機構 構造材料研究拠点
3. 長田 俊郎, 物質・材料研究機構 構造材料研究拠点
4. 川岸 京子, 物質・材料研究機構 構造材料研究拠点
5. 原 徹, 物質・材料研究機構 構造材料研究拠点
作品の説明
疲労き裂発生初期のき裂は、材料のミクロ組織の影響を受けやすく、力学的に複雑に振舞うことが知られており、微小疲労き裂と呼ばれている。特に、疲労寿命の大部分を占める約0.2 mm程度までの微小疲労き裂の挙動が重要である。本実験では、その結晶学的な特徴を調べることを目的として、ハイスループットな微細加工と高分解能組織観察を特徴とする–Xeプラズマ集束イオンビーム-走査電子顕微鏡 (PFIB - SEM)を用いたシリアルセクショニングによって、タービンディスク用Ni-Co基超合金の微小疲労き裂の大規模かつ高精細な3D解析を行った。図a)に示すように、PFIB – SEMを活用すると、一般的なFIB - SEMに比べて100倍以上の大体積の加工・解析が可能となり、微小疲労き裂全体を観察することが出来る。また、加工条件と撮影条件を工夫することで、図 b) に示すように、微細な疲労き裂と組織を同時に高いコントラストで観察できるようにした。また、組織観察のほか後方散乱電子回折(EBSD)によって結晶方位情報も取得した。図 c)はシリアルセクショニングで撮影した画像を3D再構築した結果を示している。微小疲労き裂の形状は、しばしば疲労破面で見られる結晶学的な様相と同様の形状を呈している。き裂面に見られる、ファセットと呼ばれる平坦な領域は、実線で示す結晶粒界とよく対応しており、微小疲労き裂がミクロ組織の影響を受けて成長した様子が見て取れる。ここで特筆すべき特徴は、多くのファセット面が青色で示されており、FCC構造の滑り面である{111}面に近いことである。これらの領域は荷重軸から45度前後傾いていた。一方、{001}面を示す赤色の領域もあるが、支配的ではなかった。この領域は荷重軸に対して垂直に近かった。さらに、図 d)の極点図には、{111}面に対応する4箇所に、非常に強いピークが現れている。定量的にも、微小疲労き裂の成長経路の大部分が{111}面に近いことが分かる。従来、多くの研究者は、微小疲労き裂は引張り応力によるモードI型か、もしくはそれに近いメカニズムによって成長していると考えていた。この場合、き裂は、先端の鈍化と鋭化の繰返しによって{001}面の近くを成長すると考えられた。しかしながら、今回の観察によって、微小疲労き裂の大部分では、滑り面である{111}面に沿った、せん断応力によるモードII型のき裂成長が支配的であることが明らかとなった。
学術的価値
疲労き裂の発生メカニズムと、大きくなった疲労き裂の成長メカニズムは50年以上前に解明されたが、き裂発生初期の微小疲労き裂の成長メカニズムは、曖昧なまま長年の課題として残されてきた。今回の実験結果は、多くの研究者の認識と異なるき裂成長メカニズムの存在を明確に示した点で、50年越しの課題を解決に導く重要な結果である。
技術的価値
PFIB – SEMによる加工条件や撮影条件を調整し、他の手法では難しい、100μm立方規模の大体積かつ高解像度な組織解析手法を構築した点(例えばFIB-SEMでは観察体積が小さく、マイクロX線CTでは空間分解能が不足する)。また、き裂とEBSDの画像データをもとにした、き裂面の結晶方位の解析手法を構築した点。
組織写真の価値
微小疲労き裂の三次元的な様相を高精細に可視化した点。また、その進展経路の大部分がFCC構造の滑り面である{111}面に近いことを、視覚的かつ定量的に示した点。
材料名
材料には、高度な安全性が要求される航空機エンジンのタービンディスク用途としてNIMSが開発したNi-Co基超合金TMW-4M3を用いた。鍛造後、溶体化および時効熱処理を施しており、微細なγ’の析出強化により強度を高めている。
試料作製法
素材から最小断面が3 mm x 4 mm程度の疲労試験片を切出し、試験部中央にFIBによる人工欠陥を導入した後、室温で疲労試験により表面で長さが約150μmとなるまで微小疲労き裂を成長させた。その後、疲労き裂をカーボン蒸着により保護してから、PFIBにより観察部分を切出した。
観察手法
疲労き裂の撮影には、イオン励起二次電子像(Scanning ion induced secondary electron imaging: SIM)を用いた。この像によってのみ、き裂と組織の両方を高コントラストで観察できる。シリアルセクショニングでは、100 nmスライス毎にSIM画像を、500 nmスライス毎にEBSD解析を行った。き裂面の結晶方位は、EBSD画像から取得するオイラー角と、き裂の3D情報から取得する局所の法線ベクトルを用いて、内積から求めた。
出典:H. Nishikawa, Y. Furuya, T. Osada, K. Kawagishi, T. Hara, Scr. Mater. 222 (2023) 115026.
優秀賞
液中銅電析過程のその場SEM観察
応募部門
2. 走査電子顕微鏡部門(分析, EBSD等を含む)
応募者・共同研究者
1. 吉田要, ファインセラミックスセンター
2. 佐々木祐生, ファインセラミックスセンター
3. 桑原彰秀, ファインセラミックスセンター
4. 幾原雄一, 東京大学
作品の説明
本作品は大気圧SEMと呼ばれる特殊なSEMを用いた硫酸銅水溶液中での銅電析過程その場観察像である。図1には本研究で新規に開発した電気化学反応システムを模式的に示している。液体試料容器の底面には窒化シリコン薄膜の観察窓が配置されており、その観察窓を通した液中構造が倒立型SEMの反射電子像として観察することが可能である。図2は定電流下での銅電析過程を連続走査した動画から抽出した像となっており、白金作用極上に銅が電析されていく過程が明瞭に観察されている。また定電流電析について異なる電流密度で反応を行い、その影響を比較した銅電析形状SEM像を図3に示した。これらはすべて100µCでの銅電析結果となっているが、高電流密度では銅の形状が大きく変化し特異なデンドライト形状を形成することが明らかとなっている。
学術的価値
各種電解液中での電気化学反応の理解は、電池からメッキ表面処理技術などといった幅広い分野において重要である。特に電析形状は二次電池のサイクル特性やメッキ層の信頼性に大きく関わる要素であり、本観察手法により得られる情報は非常に重要となる。特にメッキに関しては非常に長い歴史を有する技術である一方で、今日の微細加工技術と共に更なる高度化がもとめられており、本手法により得られる知見は将来的にも重要性が高い。
技術的価値
大気圧SEMは生物試料観察を主目的に開発されており電気化学反応観察に適した構成とはなっていない。そこで本研究では、作用極、参照極、対極を配置した新規電気化学セルを作製し、明瞭な液中電析形状観察を可能にした。作用極として観察窓上にパターニングされた微小な白金極を用いている。SEM観察と電気化学制御が相互に影響しないように装置構成は最適化されており、信頼性の高い観察と電気化学データ取得を両立している。
組織写真の価値
本研究におけるその場観察手法はその他の顕微鏡法とは異なり、ほぼバルクな液相中での反応を実現することができる。そのため電気化学反応自身の再現性が非常に高く、電流密度に応じた銅電析形状の変化を明瞭に捉えることができている。電析初期段階を含めて金属層の成長する様子をサブミクロン〜ミクロンスケールで捉えることができた像となっており、これまでにない広いスケールレンジでの観察・解析が行われた結果となっている。
材料名
銅金属、0.5M硫酸銅水溶液
試料作製法
観察と同時に定電流条件下での還元電析によって白金作用極上に銅を電析している。用いている電解液は0.5M硫酸銅水溶液であり、異なる任意の電流値において電析反応を行った。電気化学反応はシールドケーブルを介して接続された外部ポテンショ/ガルバノスタット(バイオロジック社製SP-300)により制御しており、1, 5, 10, 20µAの定電流下100µCで銅金属を電析した。
観察手法
液中の白金作用極および電析された銅形状は、非晶質セラミックス膜(SiNx、50nm膜厚)の観察窓を通して、30kVの電子線で反射電子像として観察・記録した。観察装置としては大気圧SEM(日本電子社製ClairScope)を用いている。
出典:本作品はオリジナル作品となっている
優秀賞
Fe-Cr系σ相におけるZonal転位の転位芯構造観察
応募部門
3.透過電子顕微鏡部門(STEM, 分析等を含む)
応募者・共同研究者
1. 岸田 恭輔, 京都大学大学院工学研究科材料工学専攻
2. 奥谷 将臣, 京都大学大学院工学研究科材料工学専攻
3. 乾 晴行, 京都大学大学院工学研究科材料工学専攻
作品の説明
σ相は正方晶D8b型構造(空間群:P42/mnm, a = 0.8838 nm, c = 0.4569 nm (Fe-50at.%Cr), β-Uの結晶構造である正方晶Ab型と同一、図(b))を有し、単位格子内に含まれる30個の原子が5種類の異なる原子サイトを占めている。D8b/Ab型構造は3種の原子層(A、B、C層)がc軸方向にACBCの順で積層した構造と記述でき、これらの3種の原子層のうち同じカゴメ型原子配置をとるA、B層(以下ではAカゴメ層、Bカゴメ層と呼ぶ)はc軸周りに互いに90度の回転関係にある(図(b))。D8b/Ab型構造を有する結晶の塑性変形挙動に関しては、β-Uにおいて{110}[001]すべりが主として活動することが報告され、またそのすべり変形を担う転位としてZonal転位という特異な転位のモデルがKronbergにより提案されている[1].Zonal転位モデルでは2枚の平行なすべり面により定義されるShear Zoneと呼ばれる領域内において、転位が完全に通過することによりAカゴメ層だった原子層の原子配列がBカゴメ層のものへと変化する(またその逆の変化も起こる)ように、転位芯部分において協調的原子移動が生じていると考えられているが、これまでそのモデルの実験的検証は全く行われていなかった。本研究ではσ相のプロトタイプであるFe-Cr系σ相に室温単結晶マイクロピラー圧縮試験(図(c))により導入した{110}[001]転位の刃状転位について、その転位組織の詳細を走査透過電子顕微鏡法(STEM)により調査した。[001]刃状転位の転位芯構造の高分解能高角環状暗視野(HAADF)-STEM観察(図(a))に記したバーガースサーキットから、完全転位が[001]であることが確認できる。転位芯部分に注目してみると、同一すべり面上において部分転位に分解する通常の転位とは異なり、完全転位のバーガースベクトルの1/2に相当するずれが、{110}すべり面に対してほぼ垂直な方向に約1nm程離れた2枚の異なるすべり面上で生じていることがわかる。仮に通常の転位のように1枚のすべり面上で1本の1/2[001]部分転位がすべり運動した場合を考えると、その部分転位の後ろには積層欠陥が形成されるはずであるが、図(a)の転位芯の外側の領域、図(d)に示すSTEM明視野(BF)像、ウィークビーム(WB)像のいずれにおいても転位に付随した積層欠陥が観察されない。これらの結果により、Fe-Cr系σ相が、2枚の原子面の間(Shear zone)に存在する転位芯部分での協調的原子移動を伴うタイプの転位、Zonal転位の運動により室温において塑性変形することを世界で初めて実証した。またKronbergにより提案されたZonal転位モデルと比較すると、(1)Shear zoneを規定する2枚のすべり面の位置と(2)Shear zoneの高さ(2枚のすべり面間の距離)が異なることが明らかとなったことから、観察結果を基にZonal転位の転位芯構造を再現しうる協調的原子移動モデルを新たに提案した(図(e))。 [1] M.L. Kronberg, J. Nucl. Mater. 1 (1959) 85-95.
学術的価値
通常すべり変形は1枚のすべり面上を転位が運動することで生じるが、複雑な結晶構造を有する結晶では、シンクロシアー転位やZonal転位という特異な転位の活動の可能性が考えられてきた。これらの特異な転位のうち後者の活動はこれまでに実験的には確認されていなかった。本研究はFe-Cr系σ相がZonal転位の活動により塑性変形することを世界で初めて実証したものであり学術的にも工学的にも新規性、波及効果が高い。
技術的価値
EBSDを用いた結晶方位解析、FIB加工による単結晶マイクロピラー作製、ナノインデンターを用いた圧縮試験を駆使することで、室温において{110}[001]すべりの選択的導に成功した。変形後、FIB加工を用いて、すべり面およびすべり方向にほぼ垂直な薄片試料を切り出しSTEM観察に用いた。このような様々な最新の実験手法を駆使することで、非常に精度の良い組織観察を実現した点で新規性、独自性が高い。
組織写真の価値
すべり変形を担う転位としてのZonal転位の刃状転位の転位芯構造を世界で初めて高分解能STEM観察によりとらえた新規性の高いものである、また得られた写真から十分な精度でのShear Zoneを定義する境界面(Z1、Z2面)の特定に成功し、これに基づいた転位芯領域での原子シャフリングモデルの提案までも可能とした点で非常に優れている。
材料名
Fe-Cr系σ相(Fe-50at.%Cr)
試料作製法
Fe-50at.%Cr組成を有するFe-Cr合金をアーク溶解することにより得たBCC単相多結晶試料を冷間圧延したのち、σ相単相領域で熱処理をすることで、σ相単相多結晶試料を得た。得られた試料の単結晶領域から、集束イオンビーム(FIB)加工によって、四角柱形状の単結晶マイクロピラー圧縮試験片(正方形形状の断面の一片が数μm程度)を作製した。マイクロピラー圧縮試験は、フラットパンチ型ダイヤモンド圧子を備えたナノインデンターを用いて、室温、大気中、変位速度一定(初期歪速度1×10-4/s)の条件で行った。変形後の試料から試料室内ピックアップシステムを搭載したFIB加工装置を用いて、すべり面およびすべり方向にほぼ垂直なTEM/STEM観察用試料を作製した。
観察手法
走査透過電子顕微鏡法(高角環状暗視野(HAADF)観察、明視野(BF)観察、ウィークビーム(WB)観察) 使用装置:日本電子 JEM-ARM200F(原子分解能観察)、JEM-2100F(BF,WB観察)
出典:[1] K. Kishida, M. Okutani, H. Inui, Acta Mater. 228 (2022) 117756.
[2] 岸田恭輔, 乾 晴行, まてりあ, 第61巻第12号 (2022), 受理済.
奨励賞
Ti-Zr-Nb-Ta合金二相分離組織に見出された3D「玉ねぎ組織」
応募部門
2.走査電子顕微鏡部門(分析, EBSD等を含む)
応募者・共同研究者
1. 日向 颯斗, 北海道大学大学院 工学院
2. 山中 柊生, 北海道大学大学院 工学院
3. 三浦 誠司, 北海道大学大学院 工学研究院
4. 池田 賢一, 北海道大学大学院 工学研究院
5. 瀧澤 聡, 北海道大学大学院 工学研究院
6. 渡辺 精一, 北海道大学大学院 工学研究院
作品の説明
近年、カーボンニュートラルの実現を目指し、火力発電所等で使用されるガスタービン材料において、耐用温度の向上に伴う熱効率の向上によるCO2排出量の削減が期待されている。私たちは、耐火金属に着目し、高融点で高温における機械的特性に優れる合金の開発を行ってきた。本研究では、研究の過程で確認された、20Ti-40Zr-20Nb-20Taの熱処理材における特徴的な組織について示す。
図1は20Ti-40Zr-20Nb-20Taの組織観察の結果である。 (a)は1350 ℃、168 hの熱処理を行った組織のSEM像である。どのような切断面であっても観察される形状は同心円状であることから、(b)に示すような同心球状の3D構造を有すると推定される。以後、この特徴的な組織を「玉ねぎ組織」と呼称することにする。また、「玉ねぎ組織」外周部は高濃度合金におけるスピノーダル分解組織と考えられる。このような「玉ねぎ組織」はこれまで高分子系では認められてきたものの⑴、金属・セラミックス系では報告がなく、その形成の始動原理の理解は新規組織の導入の観点からも物質科学において重要である。図2は「玉ねぎ組織」に対して組成分析および元素マッピングを行った結果を示している。組織観察の結果、組織には白色相、黒色相、灰色相の3相の存在が確認できた。元素マッピングの結果(図2(b)~(f))を見ると、黒色相にはZrとOが、灰色相にはTiが、白色相にはTaとNbが濃化していることが確認できた。また、析出物等は観察されなかった。表1で示す組成分析の結果を見ると、黒色相と灰色相において酸素の割合が多く、また4族元素(Ti、Zr)の割合が多い方が酸素を多く含んでいることが確認され、4族元素(Ti、Zr)への酸素固溶による安定化が組織形成・発展に寄与していることが伺える。図3に「玉ねぎ組織」の線分析結果を示す。(a)に示したSEM像に対応するTa濃度プロファイルを(b)に示す。得られた濃度プロファイルは「玉ねぎ組織」内部もスピノーダル分解組織である外周部も同様の波長を有しており、「玉ねぎ組織」の形成はスピノーダル分解によるものであると結論づけられる。図4には、フェーズフィールド法を用いた、相互作用を考慮しない二相分離する二元系合金におけるスピノーダル分解による組織形成のシミュレーション結果を示す。 (a)~(c)にはシミュレーションによって得られた組織発展を、(d)~(f)にはシミュレーションに対応した濃度プロファイルを示す。t=0で仮定した微細な初期濃度揺らぎの中心の大きな揺らぎは、t=80において急速に発展していくと同時に外周部では微細な濃度揺らぎが徐々に成長し、t=160においては球状構造を形成すると共に、外周部で十分に発展したスピノーダル分解が球状構造の展開を妨げている。このシミュレーション組織および濃度プロファイルは、図3で示した組織および線分析結果とよく一致していることからも、「玉ねぎ組織」の形成過程は特異な初期条件、すなわち分解初期の大きな濃度揺らぎから発展したスピノーダル分解で記述できると結論され、他の合金系においても「玉ねぎ組織」導入が可能であると期待される。
学術的価値
観察された組織は、先行研究での確認例が無い。また、耐火金属からなる合金であるため、スピノーダル分解温度も高く、耐熱合金への展開にも有利である。 球状かつ層状の組織を持つことから、図1のように多数の「玉ねぎ構造」からなる組織においてはあらゆる方向から進展する亀裂に対して必ず、界面が亀裂進展方向に垂直な状況が出現することで、高い亀裂進展抵抗が期待されると同時に、二相整合組織による強化も期待される。
技術的価値
凝固過程で大きな濃度揺らぎを導入した20Ti-40Zr-20Nb-20Taに先行研究⑵よりも高温長時間の熱処理を施すことで、特徴的な「玉ねぎ組織」が得られたことから、熱処理条件の選定、および酸素の導入の影響が大きいことを明らかにした。
組織写真の価値
多数の任意の切断面観察から、3D組織が「玉ねぎ組織」であることを推定した。また、線分析による濃度プロファイル観察の結果から、組織の形成方法を予測した。 スピノーダル分解からなる二相合金でありながら、球状に広がるような組織(「玉ねぎ組織」)が形成したことは、先行研究も含め、これまで報告例は見当たらない。
材料名
Ti-Zr-Nb-Ta 4元系BCC基二相合金 (20Ti-40Zr-20Nb-20Ta(at.%)の組成で溶解し、1350 ℃、168 hで熱処理をしたもの)
試料作製法
先行研究⑵より二相分離組織が得られた組成として、20Ti-40Zr-20Nb-20Taを選択して、アーク放電溶解によってボタン状インゴットを作製した。作製したボタン状インゴットはファインカッターを用いて切り分けた。熱処理材は、油回転真空ポンプと油拡散ポンプによって、5.0×10-4 Pa以下に真空引きした透明石英管に封入後、1350 ℃、168 hの熱処理を行い、水中に投入して急冷した。この熱処理材を耐水研磨紙で#80~#2000まで湿式研磨を行い、アルミナ(粒径:0.1 μm)を用いてバフ研磨を行った。
観察手法
観察面を研磨したバルク試料に対してFE-EPMA(Field Emission Electron Probe Micro Analyzer, JEOL, JXA-8530F)を用いて、組織観察・組成分析を行った。分析条件は加速電圧を15 kVとし、分析元素はTi、Zr、Nb、TaにOを加えた5元素とした。
出典:⑴ T.Tamai et al.Macromolecules,27,7486,1994
⑵ 松崎伸孔.北海道大学工学院修士論文,2017
⑶ K.C.Hari Kumar et al.J.Alloys.Compd,206,121,1994
⑷ L.Lin et al.Scr.Mater.34,1411,1996
奨励賞
小惑星リュウグウから採取した磁鉄鉱粒子の磁場観察
応募部門
3.透過電子顕微鏡部門(STEM, 分析等を含む)
応募者・共同研究者
1. 葛西 裕人, (株)日立製作所
2. 明石 哲也, (株)日立製作所
3. 谷垣 俊明, (株)日立製作所
4. 山本 和生, (一財)ファインセラミックスセンター
5. 加藤 丈晴, (一財)ファインセラミックスセンター
6. 穴田 智史, (一財)ファインセラミックスセンター
7. 吉田 竜視, (一財)ファインセラミックスセンター
8. 橘 省吾, 東京大学、宇宙航空研究開発機構
9. 中村 智樹, 東北大学
10. 木村 勇気, 北海道大学
作品の説明
2020年に地球に帰還した小惑星探査機『はやぶさ2』は、目標天体であった小惑星『リュウグウ』の地下サンプル採取に成功した。このサンプルには今から約46億年前の太陽系創成当時の水や有機物が含まれていると考えられ、地球の水はどこから来たのか、生命を構成する基となる有機物はどこで出来たのか、などの疑問の解明に期待が寄せられている。本研究では『はやぶさ2』が持ち帰った試料に含まれる磁鉄鉱微粒子に着目し、粒子生成当時の磁場環境の情報抽出を目的に電子線ホログラフィーを用いた磁化分布計測を試みた。データの取得にはバルクに近い比較的厚い試料に対応するため、1MV超高圧ホログラフィー電子顕微鏡を適用した。図1(a)は試料加熱を避け、冷却状態にて集束イオンビーム法により加工された観察試料の二次電子像である。本試料は≦50μTかつ大気暴露を避けた環境を保持し観察装置に搬入される。図1(a)の四角に囲まれた領域には粒径~1000nmのFe3O4微粒子が存在しており、この領域を電子線ホログラフィーにて観察した。図1(b)は観察により得られた明視野像であり右側の暗い部分は保護膜(タングステンデポジション)である。図1(c)は得られたホログラムの位相再生像から得た磁場分布であり、挿入したカラーホイールは磁束の流れる方向を、線の疎密は投影(紙面垂直)方向に積分した磁束数に比例している。微粒子内部には渦状の磁束分布が観察され、粒外部に漏れ出た磁束が近傍の別の微粒子に吸い込まれる様子も観察された。今は無い太陽系星雲が目には見えない小さな渦を『リュウグウ』に残していた。 ※本研究成果は文部科学省先端研究基盤共用促進事業(先端研究設備プラットフォームプログラム、JPMXS0450200421、JPMXS0450200521)で共用された機器を利用して得られたものである。
学術的価値
太陽系創成期に『リュウグウ』周辺に漂っていた磁束が、『リュウグウ』の母天体地下で微粒子が形成される間に取り込まれ、長期に亘って保存されてきた。本研究によりこの磁気情報が白日の下に晒された。本研究成果は当時の太陽系空間の磁気環境を推測するだけに留まらず、当時の太陽系空間に発生した物理的、および化学的現象のメカニズム解明を紐解くカギになると期待している。
技術的価値
試料透過後の電子ビームに含まれる情報には静電ポテンシャル(内部電位)と磁場に由来するものがあり、通常取得される画像には両者が混在している。本研究ではそれら各々の情報を分離し、磁場由来の情報のみを抽出することによって微弱な磁束分布までも検出可能にする工夫を施した。高い透過能力を有する超高圧電子顕微鏡と冷却集束イオンビーム加工及びホログラフィー観察を組み合わせた実験は本研究独自の取り組みである。
組織写真の価値
本研究にて得られた磁場分布では、微粒子が獲得した磁束を渦の形で粒内部に閉じ込めている様子が観察された。また粒と粒の間隙領域では、粒外部に漏れ出た磁束が近傍の別の微粒子に吸い込まれるといった磁気的相互作用も観察されている。
材料名
『リュウグウ』地下サンプルに含まれた粒径~1000nmの磁鉄鉱微粒子に着目し電子線ホログラフィー観察を行った。これらの粒子はホログラフィー観察後の電子回折解析とエネルギー分散型X線分析によりFe3O4と同定された。
試料作製法
『はやぶさ2』が持ち帰った小惑星のサンプルは、当然ながら個体数は有限であり、学術的に貴重な検体であることは述べるまでもない。バルク試料の取り扱いは全てグローブボックス内で行い不純物混入を防いだ。実験に供された試料は加工過程で過熱されることを防ぐため、試料を冷却し低温状態を維持した環境下で集束イオンビーム加工を施した。また試料のハンドリングには、磁気的擾乱を避けるため常に≦50μTかつ大気暴露を極力(~15sec.)避けた環境下で行った。
観察手法
電子線ホログラフィーは局所領域の電場・磁場分布を可視化する強力なツールである。本手法は半導体内部に形成されたpn接合部の空乏層や結晶内部の転移周辺に生じた特異な電位分布などのほか、磁性体内部の磁束分布の可視化に広く適用されている。透過電子顕微鏡を基盤としているため高い空間分解能が得られる特長を有している。本研究ではよりバルクに近い状態の試料を観察する目的で、加速電圧(=透過能力)の高い1MV超高圧ホログラフィー電子顕微鏡を用いて観察を行った。
出典:T. Nakamura et al,: https://www.science.org/doi/10.1126/science.abn8671
応募作品
超高温における9Cr-ODS鋼と11Cr-耐熱鋼の結晶粒成長の違い
応募部門
1.光学顕微鏡部門
応募者・共同研究者
1. 矢野 康英, 日本原子力研究開発機構 大洗研究所
2. 丹野 敬嗣, 日本原子力研究開発機構 大洗研究所
3. 大塚 智史, 日本原子力研究開発機構 大洗研究所
4. 光原 昌寿, 九州大学
5. 中島 英治, 九州大学
6. 外山 健, 東北大学 金属材料研究所
7. 大沼 正人, 北海道大学
作品の説明
酸化物分散強化型(Oxide Dispersion Strengthened: ODS)フェライト鋼は、フェライト鋼の母相に酸化物分散粒子(Y2O3)を微細に分散させることにより高温強度の改善を図った材料になります。特に、9Cr-ODS鋼は、Na冷却高速炉用燃料被覆管の候補材料として研究開発されています。近年、燃料被覆管には事故耐性に優れることも求められており、1000℃を超えるような超高温での特性評価(組織安定性等)も必要になっています。超高温における分散粒子の安定性に関する研究は多数実施されていますが、光学顕微鏡を用いたマクロ的な母相の結晶粒径変化に関する論文は少ないのが現状です。そこで、9Cr-ODS鋼と酸化物粒子が分散していない11Cr-耐熱鋼(PNC-FMS)について、事故を模擬した1000~1350℃の温度での超高温加熱試験を実施し、結晶粒組織の観察を実施しました。 図1に9Cr-ODS鋼とPNC-FMSの光学顕微鏡写真を示します。従来の耐熱鋼であるPNC-FMSは、1000℃までは結晶粒成長は確認されず、1250℃以上では、図2(a)の状態図に示すように相変態(γ→δ)が生じ、光学顕微鏡観察では結晶粒の粗大化が確認されました。特に、1250℃では、著しい結晶粒成長が生じていました。これは、高温化で析出粒子の母相への固溶が促進され、析出粒子による粒界ピン止め効果が減少するためと考えられます。また、1300℃以上では、析出粒子による粒界ピン止め効果が完全に消失し、粗大な結晶粒が生じていました。図1中の暗く(黒く)見える結晶粒(図中の矢印:例示のため代表的結晶粒にのみ示す)がγ相(室温ではマルテンサイト組織)であり、明るく(白く)見える結晶粒がδ相であることから、概ね状態図の相状態割合とも対応していることも分かります。 その一方、9Cr-ODS鋼では、図1の光学顕微鏡で確認できる範囲では顕著な結晶粒成長は見られず、結晶粒径の分布は比較的小さく平均粒径の2倍以上の粒がほとんど存在しない正常粒成長範囲[1]に留まっており、結晶粒径も極めて小さいため、目視で図2(b)に示す相状態割合を判別するのが困難でした。なお、別途実施しているSEM/EBSD解析結果では、1300℃、1350℃であっても平均粒径は初期の3μmから5μm程度に増加するに留まっていました。これは、9Cr-ODS鋼がPNC-FMSと異なり、Feに固溶しないY2O3を分散粒子としていることから、超高温においてもY2O3粒子による粒界ピン止め効果が有効に機能したためと考えられます。 これらの結果は、9Cr-ODS鋼が1350℃もの高温環境下においても優れた組織安定性を示し、一般的な耐熱鋼を凌駕する画期的な材料であることを示すものです。 今後、9Cr-ODS鋼の分散粒子の安定性に着目し、SAXS/SANSによる定量化とTEM/SEMによる電子顕微鏡観察で分散粒子の安定性を公開していく予定です。 本研究は、文部科学省原子力システム研究開発事業JPMXD0219214482の助成を受けたものです。 [1] M. Millert, “On the theory of normal and abnormal grain growth”, Acta Metall. 13(1965)227-238
学術的価値
日本で開発している9Cr-ODS鋼が、5万時間超においても一般的な耐熱鋼で生じる腰折れを生じず、優れた高温クリープ特性を有することを世界に示してきた。今回の超高温加熱後の9Cr-ODS鋼の組織を従来の耐熱鋼と比較することで、鉄鋼材料の異常結晶粒成長が析出粒子の固溶に起因して生じるという既成概念が1350℃まで適用できることを新たに示すだけでは無く、優れた事故耐性も示唆する結果となった。
技術的価値
9Cr-ODS鋼とPNC-FMSは、燃料被覆管として加工された状態であり、本材料は材料特性が整備されていることから、工学的な組織データとしての独自性は高い。
組織写真の価値
オーステナイト化温度を超えた結晶粒に着目した光学顕微鏡の比較写真はこれまでにほとんど得られておらず、独自性が高い。また、本温度域は鉄鋼材料の使用想定外温度であり、9Cr-ODS鋼が1350℃まで異常結晶粒成長を生じないことを示したことは組織写真としての新規性も高い
材料名
9Cr-酸化物分散強化型鋼(9Cr-ODS鋼):Fe-0.13C-9Cr-2W-0.22Ti-0.35Y2O3, 1050℃×60分焼きならし+800℃×60分焼き戻し 11Cr-耐熱鋼(PNC-FMS):Fe-0.12C-11Cr-0.6Mn-0.4Ni-0.5Mo-2W-0.2V-0.05Nb-0.05N, 1100℃×10分焼きならし+780℃×60分焼き戻し
試料作製法
9Cr-ODS鋼は、金属原料粉末とY2O3粉末をメカニカルアロイングで高エネルギー攪拌することで合金化した後、熱間押出により固化体とした。PNC-FMSは、真空溶解法によりインゴットを作製した。両材料とも、冷間圧延と熱処理の繰り返しにより、被覆管(薄肉細管)に加工を実施した。 両材料の超高温加熱試験は、He雰囲気において、室温から700℃までは10℃/minで昇温し、700℃から各加熱温度まで5℃/minで昇温を行った。所定の各加熱温度で1時間保持した後、炉冷熱処理を行った。昇温速度は、組織が平衡状態になることを想定して選定した。 超高温加熱試験後、それぞれの材料を樹脂埋めした後、耐水研磨紙にて10μmまで湿式研磨し、ダイヤモンド研磨剤(6、3及び1μm)とアルミナ研磨剤(0.3μm)を用いたバフ研磨により鏡面仕上げとした。次に、王水(HCl:HNO3=3:1)での化学エッチング処理により、観察試料を作製した。
観察手法
光学顕微鏡観察は、オリンパス製倒立型金属顕微鏡(GX71)を用いた。組織観察は、エッチングによる表面の凹凸に着目するため、微分干渉観察を行った。
出典:オリジナル
応募作品
敵対的生成ネットワーク”改良SliceGAN”による積層造形SUS316L材の超効率的フェイク三次元内部組織像の生成
応募部門
1.光学顕微鏡部門
応募者・共同研究者
1. 杉浦 圭哉, 名古屋大学
2. 孫 飛, 名古屋大学
3. 小川 登志男, 名古屋大学
4. 足立 吉隆, 名古屋大学
5. 小泉 雄一郎, 大阪大学
6. 中野 貴由, 大阪大学
7. 石本 拓也, 富山大学
作品の説明
三次元内部組織像を、等方性組織であれば二次元組織像1枚から、異方性組織であれば3枚(Fig.1)から矛盾なく超効率的に生成する深層学習SliceGANを積層造形SUS316L材に適用した。Kench[1]らが開発したSliceGANの構造をもとに、単相組織のようなグレースケール画像でも実組織の再現度が高いフェイク三次元内部像を生成できるように生成器(3D-generator)が出力する画像サイズを64×64×64から128×128×128ボクセルに、識別器(Critic)に入力する画像サイズを64×64から128×128ピクセルに拡大した。同時に、そのサイズに対応するように生成器の転置畳み込み層ならびに識別器の畳み込み層の数を5から6層に増やす改良モデルを構築した(Fig.2)。その結果、積層造形SUS316L材の高精度フェイク三次元内部組織像を生成することに成功した(Fig.3)。本手法は、二値化処理が容易な複相組織材を含めて、日単位での作業が必要であったシリアルセクショニング法などの三次元可視化を4時間程度で効率的に行うことができる。特殊な顕微鏡は一切不要であることから、society5.0で唱えられている「いつでも、どこでも、だれでも」材料組織の三次元可視化が可能になる革新的手法といえる。ここで得たフェイク三次元内部組織像の適用例としては、組織形態の特徴量を抽出し特性との相関を機械学習で推定することや、結晶塑性有限要素法に入力し三次元組織の塑性変形挙動解析を行うことなどが考えられる。 [1] S. Kench and S. J. Cooper, Nat. Mach. 2021, 1.
学術的価値
金属材料組織の三次元内部組織を可視化する手法としては、シリアルセクショニング法やトモグラフィー法が用いられている。これらはいずれも実空間での三次元可視化手法であるのに対して、バーチャル空間で実組織を再現した三次元組織像を得ることに成功したことで、様々な材料への展開が期待できるとともに、データサイエンスやモデリングへの適用が進むものと思われる。
技術的価値
改良SliceGANは、二値化処理が容易な複相組織、困難な単相グレースケール画像を対象として、実組織の再現度が高いフェイク三次元内部組織像を数時間で取得することが可能である。本手法は特殊な顕微鏡を必要とせず、今後様々な材料への適用が見込まれる。
組織写真の価値
改良SliceGANが生成した三次元内部組織像のスライス画像は、入力画像の二次元像と極めて類似しており、その精度に信頼性がある。三次元像を生成する際に入力する潜在変数を変えることにより、大量の似て非なるフェイク三次元内部組織像を得ることができる。
材料名
SUS316Lステンレス鋼
試料作製法
レーザー積層造形法で作成した。レーザー走査戦略は、レーザーを1走査完了後回転しない方法とした。レーザー出力250W、スキャンスピードは1000mm/s、積層厚さは40μとした。
観察手法
【観察】三個に切断した試料を垂直な三面が観察できる向きに一つの樹脂に埋め込み、研磨を行った後に、50℃に保持した王水(濃塩酸:濃硝酸=3:1)に数秒間浸漬してエッチングを行った。各断面の組織を光学顕微鏡にて対物レンズの倍率10倍で観察し、725×725ピクセルの組織像を得た(Fig.1)。 【改良SliceGAN】64チャンネル×4×4×4ボクセルの潜在変数(ノイズ)から、三次元組織生成器(3D-generator)の6層転置畳み込みにて128×128×128ボクセルの暫定的フェイク三次元内部像を得た(Fig.2右)。一方、各断面の入力画像より128×128ピクセルの画像をクロップし(Fig.2左)、上の暫定的三次元内部像から得た各断面のスライス像との類似性を6層の畳み込み層を有する識別器(Critic)で本物か偽物かを評価した。その結果を生成器の畳み込むフィルターの更新に反映し、より本物に類似した三次元内部組織像を次回生成する事に繋げた。この繰り返し計算を行い十分に精度の高いフェイク三次元内部像が生成できるようにSliceGANを訓練したのちに、64チャンネル×10×10×10ボクセルの潜在変数をSliceGANに入力して512×512×512ボクセルのフェイク三次元内部組織像を得た(Fig.3)。得られたフェイク三次元内部組織像より、各断面でのスライス像(512×512ピクセル)を作成し(Fig.4)、入力画像との類似性を評価した。
出典:オリジナル
応募作品
酸化処理を施したMg-Sc合金が示す多様な意匠性
応募部門
1.光学顕微鏡部門
応募者・共同研究者
1. 小川 由希子, 物質・材料研究機構
2. 土井 康太郎, 物質・材料研究機構
3. 染川 英俊, 物質・材料研究機構
4. 廣本 祥子, 物質・材料研究機構
作品の説明
本研究では、Mg-Sc合金において、簡易な酸化工程のみで形成される酸化膜が様々な色に発色し、処理方法に応じてその状態を変化させられることを発見した。 図1に、鏡面研磨後のMg-Sc合金に熱処理を施した際の色の変化を撮影した写真を示す。熱酸化により金属光沢を保ちながら発色し、熱処理時間を変化させると、各々青色、赤~紫色やエメラルドグリーンのような青緑色に発色した。このことから、熱処理条件を変えることでその色を変化させられることが分かった。また、図2は、鏡面研磨後のMg-Sc合金に対し、アルカリ溶液中で陽極酸化処理を施した際の光学顕微鏡写真である。低倍で撮影した図2(a)においては、キラキラしたステンドグラス調に着色している様子が観察された。同試料を高倍にて観察したところ、結晶粒毎に異なる色に着色していることが分かった(図2(b))。 Tiにおいては、酸化処理を施すと表面に緻密な Ti酸化物が形成するが、この Ti酸化物の厚さの違いにより金属特有の光沢を保ちながら様々に着色可能であり、高い意匠性を発現することが知られている。また、このTi酸化物は不働態であり、高い耐食性を併せ持つことから、食器類や装飾品等の日用品といった分野へも広く実用されている 。 一方、Tiと同じく、 軽金属に分類されるMgにおいては、 Tiのような酸化膜の形成による様々な色への着色現象の報告例はなく、多様な色の着色を行う場合の手法は染料を用いた着色に限定されている。しかしながら、 最も一般的な着色の方法である塗装を行うと、金属特有の光沢が失われてしまう。そこで、陽極酸化後に電着塗装を行い金属特有の質感を保つ手法も開発されているが 、多段階の処理工程を必要とする。 また、耐食性についても一般に化成処理や陽極酸化による前処理を施した後、塗装をすることで補われてきたが、Mg自体の低い耐食性から未だ外装品への応用例は多くない。 本研究で得られたMg-Sc合金は、簡便な酸化工程のみで多彩な意匠性を示し、かつ学術的価値欄にて後述の通り、良好な耐食性をも有することから、Mg合金の用途拡大への貢献が期待される。
学術的価値
本研究は、簡易な酸化工程のみで形成される酸化膜により金属光沢を生かした意匠性を、Mg合金においては世界で初めて示した点に高い新規性がある。更に、酸化処理を施したMg-Sc合金は塩水浸漬試験やアノード・カソード分極曲線の結果から、従来Mg合金に比して優れた耐食性を併せ持つことが分かった。従って、意匠性・耐食性を兼ね備えることで外装品や日用品へのMg合金の用途拡大が想定できる等、高い波及効果が望める。
技術的価値
酸化処理という簡便な手法のみで、金属光沢を生かした多様な意匠性の付与をMg合金において実現した例は他になく、高い新規性を有する。更に、酸化処理手法の適切な選択により、単色だけではなく、ステンドグラス調といった様々な着色形態を取ることができる点に独自性がある。
組織写真の価値
組織写真に収める場合、金属光沢を有することで撮影時の角度や照射する光の色によっても試料の色が大きく違って見えてしまう。そこで、可能な限り、自然光下にて人間の目で見たままの状態・色を写真に収めるため、様々な光学顕微鏡やその照射光および角度やレンズを変えて撮影を行い、最も肉眼での外観に近しいものを本作品とした。本作品は、酸化処理のみのMg合金において、このような様々な発色を初めて捉えたものである。
材料名
bcc単相Mg-Sc合金
試料作製法
秤量組成をMg-30 wt.%Scとしたインゴットに対し、熱間圧延および冷間圧延を施し板材を得た。得られたMg-Sc板から小片を切り出し、690℃にて熱処理後急冷することでbcc単相試料を作製した。これらbcc単相試料を機械研磨にて鏡面研磨後、酸化処理を行った。 熱酸化時は合金の組織および結晶構造に影響を及ぼさない温度域にて5~15分間熱処理を行った後、急冷した。陽極酸化時の電解液は、アルカリ溶液とし、定電圧下で10分間処理を施した。
観察手法
デジタルカメラによる写真撮影(図1)、光学顕微鏡(図2)
出典:オリジナル
応募作品
Nb3Sn超電導線材の拡散反応および結晶粒観察
応募部門
2.走査電子顕微鏡部門(分析, EBSD等を含む)
応募者・共同研究者
1. 川嶋 慎也, 神戸製鋼所
2. 村上 幸伸, ジャパンスーパーコンダクターテクノロジー
3. 斎藤 功一, ジャパンスーパーコンダクターテクノロジー
作品の説明
超電導マグネットは医療用などの磁気共鳴イメージング(MRI)装置や創薬において重要なタンパク質の構造解析に用いられる核磁気共鳴(NMR)装置、核融合や量子加速器用途に主に用いられている。これらの装置の更なる高磁場化・コンパクト化には、超電導線材の高電流密度化が重要となり、我々は分散Sn(Distributed Tin)法を用いたNb3Sn線材の開発を行っている。分散Sn法Nb3Sn線材は図1に示すようにCu母材中に純NbとSn-Ti合金が複合化された断面で最終製品径まで加工され、熱処理を施すことにより母材のCuを介し、Sn合金部のSn、TiをNb部へ拡散、反応させ最終Nb3Snを生成する。 Nb3Sn超電導線材の高電流密度化方針としては、①化学量論組成Nb:Sn=3:1、②Nb3Sn面積率増加、③Nb3Sn結晶粒微細化 が挙げられる。これらを実現するために、断面設計および熱処理の最適化を行い、SnおよびTiを均一に拡散し反応させる必要がある。 図2に熱処理前後の断面EPMAマッピングを示す。図2(b)では元Sn部にSnが残存しており、図2(c)でもNb部の外周部分しかSnが拡散していない。図2(d)でさらに高温、長時間とすることで均一にNb部中央までSnが拡散している。また図2(e)に示すように最終Nb3Sn生成熱処理700℃を実施することでTiも均一に拡散し、すべてのNbとSnが反応しNb3Snが生成されていることが確認出来る。 一方、図3に示すようにSnとTiの拡散およびSnとNbの反応を促進するためにさらに高温化すると生成されるNb3Sn粒が粗大化することが確認される。
学術的価値
断面設計および熱処理の最適化により、国内トップ、世界でもトップクラスの高電流密度を有するNb3Sn超電導線材の開発に通じた。
技術的価値
SnおよびTiの拡散、分布状況、および生成Nb3Snの結晶粒径を定量的に把握することにより、断面設計、熱処理の改善にフィードバックした。
組織写真の価値
Nb3Snはその結晶粒界に沿って破壊されるため、結晶粒観察を行うにはサンプルを折るのみで容易に図3のような観察が可能である。
材料名
分散Sn(Distributed Tin)法Nb3Sn
試料作製法
Nb棒を無酸素銅ケースに入れ、静水圧押出と伸線加工を行い、六角断面形状のNb単芯線を作製した。次に、数100本のNb単芯線を再度、無酸素銅ケースに充填し、静水圧押出と伸線加工を行い、六角断面形状のNb多芯線(Nbモジュール)を作製した。 これとは別に、Ti添加量数wt. %のSn-Ti合金棒を無酸素銅パイプに挿入し、伸線加工により六角断面形状のSn単芯線(Snモジュール)を作製した。最後に、所望の厚さの無酸素銅パイプ内側にNbバリア(後の熱処理で無酸素銅パイプへのSnの拡散を防ぐ拡散障壁)を配置し、その中に複数のNbモジュールと Snモジュールを 組み込み、評価線径まで伸線加工を行い、分散Sn法Nb3Sn線材を作製した。伸線後の線材に熱処理を施して、SnモジュールのSn、TiをNbモジュールへ拡散、反応させ最終Nb3Snを生成する。
観察手法
断面および破面SEM像の撮影は、日立製SU-70(加速電圧5 kV)で行い、前者は反射電子検出器、後者は二次電子検出器を用いた。EPMAマッピングは、日本電子製X線マイクロアナライザーJXA-8530F Plusを用いて加速電圧15 kVで実施した。
出典:なし
応募作品
LaNi5のフッ化による自発的なナノ組織形成
応募部門
3.透過電子顕微鏡部門(STEM, 分析等を含む)
応募者・共同研究者
1. 仲山 啓, ファインセラミックスセンター
2. 石川 亮, 東京大学
3. 當寺ヶ盛 健志, トヨタ自動車
4. 三木 秀教, トヨタ自動車
5. 射場 英紀, トヨタ自動車
6. 柴田 直哉, 東京大学
7. 幾原 雄一, 東京大学
作品の説明
金属のフッ化・脱フッ化反応を介して充放電を行うフッ化物イオン電池は、1000 W h kg-1以上(既存蓄電池の3倍以上)のエネルギー密度を達成できる可能性があるため、次世代蓄電池の有望な候補として研究・開発が進められている。実用化に向けた主要な課題の1つが、電池の実容量を決める活物質利用率の改善である。従来、Ni等の純金属が正極活物質として使用されてきたが、充電時のフッ化過程で粒子表面に生成する金属フッ化物が厚さ10 nm程度の不動態層となり、粒子内部に多くの未反応領域が残ってしまうことが問題になっていた。近年、我々は、LaNi5等の合金を使用すると純金属に比べて非常に大きな利用率(粒径100 nm以上の粒子に対して初回充電時の利用率87 %)が得られることを見出した。このことは、合金の場合は粒子内部までフッ化可能であることを意味しているが、その起源は不明であり、更なる合理的な新材料探索を妨げていた。本観察では、LaNi5の高い活物質利用率の起源を解明することを目的とし、化学的手法(フッ化剤)もしくは電気化学的手法(充電試験)によって段階的にフッ化させたLaNi5の微細組織の変化を走査透過型電子顕微鏡(STEM)により詳細に調べた。 図1は化学的手法により僅かにフッ化させたLaNi5粒子の環状暗視野(ADF)STEM像である。矢印で示したNiの存在や、点線で示した不均一なコントラストから、フッ化反応は粒子表面からLaNi5を分解しながら進行することが分かる。また、電気化学的手法によりフッ化が更に進行した試料(図2)からは、粒子内部までナノ結晶から成る組織に変化していることが分かった。ナノ結晶は様々な方位を向いているものの、晶帯軸が観察方向に平行な領域からは原子分解能像を取得することができ、結果としてLaF3およびNiの存在が見出された。したがって、不均一なコントラストは平均原子番号の異なるLaF3とNiへの分相(LaNi5 + 3F– → LaF3 + 5Ni + 3e–)に由来することが分かった。ここで、電子エネルギー損失分光法(EELS)によりLaF3およびNiの分布を可視化すると、図3に示すように、迷路状のナノ組織を有していることが分かった。LaF3とNiはそれぞれフッ化物イオンおよび電子伝導性を有するため、充放電に必要なフッ化物イオンおよび電子が容易に粒子内部を移動できる組織であると考えられる。加えて、Niがナノサイズ化していることにより、通常はフッ化し難いNiがフッ化し易い状況になっている。実際、追加の観察により、更に充電(フッ化)を進めることでNiF2が形成され、その後の放電(脱フッ化)時にはNiに戻ることを確認した。以上より、LaNi5の高い活物質利用率の起源は、フッ化時の自発的なナノ組織形成であると結論できる。 ナノ組織の形成過程は図4のように理解される。まず、LaNi5の粒子表面において、フッ化され易いLaが優先的にフッ化されることにより、LaF3とNiへの分相が起こる。LaF3とNiがそれぞれフッ化物イオンおよび電子伝導性を有するため、粒子内部へのフッ化物イオンおよび電子伝導経路が確保されることにより、粒子内部でもLaNi5のフッ化反応が起こる。同様の反応が繰り返される結果として、高活物質利用率に寄与する迷路状のナノ組織が形成されると考えられる。 (謝辞)本研究はNEDOのRISING2(JPNP16001)およびRISING3(JPNP21006)プロジェクトの一環として実施されました。
学術的価値
脱炭素社会を念頭に置いた電気自動車等の需要から、高エネルギー密度を有する次世代蓄電池の実現が世界的に求められている。フッ化物イオン電池は有望な候補であるものの、最適な活物質が見つかっていない等の問題が実用化を妨げている。本観察により、自発的にナノ組織を形成する合金が有望な正極活物質となり得ることが初めて明らかになった。フッ化物イオン電池の実用化に向けた重要な前進となることが期待される。
技術的価値
合金のフッ化により得られる組織に着目した例は過去になく、試料自体に新規性がある。また、EELSにより各相の空間分布を可視化にするにあたり、Ni L 端がLa M 端に重畳するため、単純な元素マッピングを採用することはできない。そこで、本観察ではEELSデータの多変量解析によってLaF3とNiのスペクトル成分を抽出することで、ナノ組織の可視化を行った点に技術的価値がある。
組織写真の価値
合金が示す高い活物質利用率について、自発的なナノ組織の形成が重要な役割を果たすこと、またその形成過程を明らかにしている点で組織写真としての価値がある。本観察のような知見を得るには実空間での高い空間分解能と化学分析が必須であり、電子顕微鏡以外の手法では解明が困難という点で優位性がある。
材料名
LaNi5のフッ化処理試料
試料作製法
粒状金属Laおよび粒状金属Niからアーク溶解法によりLaNi5を作製した後、化学的手法(フッ化剤)もしくは電気化学的手法(充電試験)によりフッ化処理を行った。化学的フッ化処理としては、Ar雰囲気グローブボックス内で塊状のLaNi5を粉砕した後、得られた粉末をフッ化剤(ビス(2-メトキシエチル)アミノサルファートリフルオリド)の1.4 mol L–1アセトニトリル溶液に1時間浸漬した。電気化学的フッ化処理としては、LaNi5を正極活物質とする全固体フッ化物イオン電池(電解質:Ce0.9La0.05Sr0.05F2.95、負極活物質:PbF2)を作製し、140 ℃、17 mA g–1の定電流モードで充電試験を行った。
観察手法
粉末状の試料をアモルファスカーボン上に分散することでSTEM観察用の試料とし、ARM300CF(日本電子株式会社、加速電圧300 kV)を用いて観察を行った。ADF-STEM像の取得条件は収束半角30 mrad、検出半角80–200 mradである。また、EELSデータの取得は、ARM300CF付属のQuantum分光器(Gatan, Inc.)を使用し、収束半角30 mrad、検出半角35 mradの条件で行った。得られた3次元(x、y、エネルギー)のEELSデータセットから、非負値行列因子分解によりLa M 端およびNi L 端を含むスペクトルを抽出し、対応する係数分布を可視化することで各相の空間分布を得た。
出典:K. Nakayama, R. Ishikawa, T. Tojigamori, H. Miki, H. Iba N. Shibata, and Y. Ikuhara: Journal of Materials Chemistry A 10 (2022) 3743–3749.
応募作品
異価数ドーパントの共偏析によるアルミナ粒界の構造転移
応募部門
3.透過電子顕微鏡部門(STEM, 分析等を含む)
応募者・共同研究者
1. 二塚 俊洋, 東京大学
2. 石川 亮, 東京大学
3. 柴田 直哉, 東京大学
4. 幾原 雄一, 東京大学
作品の説明
金属・セラミックスへのドーパントの添加は、材料物性の制御に有効な方法であり、新規材料開発において重要な役割を果たしている。例えば、絶縁体では添加元素の固溶度は一般に低いため、添加元素は粒界へ偏析し、結晶粒成長や機械特性などに大きな影響を与える。これまでに、多くのセラミックスにおいて母相と価数の等しい添加元素(カチオン)は、粒界構造のフレームワークを保ったまま単純な置換あるいは粒界上の大きな空隙サイトに偏析することが報告されている。一方、母相と価数の異なる添加元素の偏析挙動については未解明である。本研究では、代表的なセラミックスであるα-Al2O3を例にとり、異価元素であるCa2+およびSi4+を同時に添加したΣ13傾角粒界をモデルケースとして、走査透過型電子顕微鏡(STEM)による粒界原子構造の解析を行った。また、エネルギー分散型X線分光法(EDS)により粒界に偏析した添加元素の原子サイトを同定し、得られた実験結果に基づき、第一原理計算により偏析に伴う粒界構造転移の起原を明らかにした。 図1(a)、 (b)に、無添加Σ13粒界の環状暗視野(ADF)像および環状明視野(ABF)像を示す。これより、粒界に沿って構造ユニットが規則的に配列しており、従来から報告されている最安定構造と一致することが分かる(第一原理計算による構造モデルを参照)。図2にCa/Si添加粒界から得られた(a) ADF像、(b) ABF像、(c) EDSによる元素マッピング像を示す(Ca: 緑、Si: 赤、Al: 水色)。Ca/Si添加により、無添加Σ13粒界とは大きく異なる新たな粒界構造に転移していることが分かる。ADF像は原子番号に依存したZコントラストが得られ(ZO: 8、ZAl: 13、ZSi: 14、ZCa: 20)、緑の矢印で示す粒界コアへのCa偏析が予想される。 SiはAlと周期表で隣接する元素であり、ADF像での識別は困難であるが、 EDS分光では、Al、 Si、 Caの識別が可能である、今回のEDS分光実験により、偏析元素も含めた全ての原子配列が同定され、Ca/Siの共偏析による粒界構造転移の誘起が明らかとなった。 一方、Ca/Si添加により形成された複雑な粒界構造は、α-Al2O3の原子構造から類推される粒界とは大きく異なるため、通常の理論計算による粒界探索法(γ-surface法)では再現できない。そこで、実験像から得られた原子位置に基づき、添加元素を無視してAlとOのみから形成される粒界構造を網羅的に探索し、第一原理計算により再現した。添加元素を含まない粒界構造はエネルギー的に不安定であるものの、Ca/Siを観察されたAlサイトに添加すると、エネルギー利得が大きく粒界構造が安定化されることが明らかとなった。Ca、Siの偏析エネルギーは、–4.63 eV、–0.38 eVであり、Ca偏析が粒界構造の安定化に寄与していることが分かる。Caのイオン半径は100 pm(=1 Å)とAl(53.5 pm)のおよそ2倍程度であり、大きな空間を必要とするため、粒界構造転移が誘起されたと考えられる。一方、Si(40 pm)のイオン半径はAlと近いため、Caとの隣接により局所的な電荷補償を実現したと考えられる、このように、サイズ効果と局所電荷補償のバランスにより、複雑な粒界構造に転移したことが明らかとなった。
学術的価値
セラミックスの焼結では多数の元素が同時添加されるが、原子レベルでの共偏析機構は未解明であった。本研究では、粒界における複数元素の共偏析構造を直接観察し、Ca/Siの偏析が粒界構造の転移を誘起するとともに、添加したCaとSiは、いずれも粒界の特定サイトに隣接して偏析し局所的に電荷補償することを明らかにした。本結果は、次世代の高機能セラミックス創成へと繋がることが期待される。
技術的価値
多結晶体試料は結晶粒の相対方位関係がランダムであり、原子列と観察方位が平行ではないため原子分解能観察は困難である。本研究では結晶方位の緻密な制御により、所望の粒界のみを含む双結晶試料をモデル材として作製し原子分解能像を取得した。また、同一の方位関係を持つ粒界に対し無添加構造とCa/Si添加構造を比較し、Ca/Siの共偏析により粒界構造が転移することを明らかにした。
組織写真の価値
ADF法では像強度が原子番号に依存するため、軽元素である酸素や原子番号の隣接するAlとSiの識別は困難である。本研究では、ABF法により酸素位置を特定し、EDS分光によりAl、Si、Caを明確に識別することで、Ca/Si添加粒界における全原子配列および元素種を原子分解能で特定した。実験像に基づく構造モデルの構築および理論計算が可能である点に意義がある。
材料名
α-Al2O3 Σ13 (101 ̅4)/[112 ̅0] 双結晶
試料作製法
Al2O3単結晶の(101 ̅4)面上にCa(CH3COO)2およびSiO2の溶液を塗布した。2つの単結晶を10時間、1773 Kで熱拡散接合し、双結晶試料を作製した。得られた双結晶を機械研磨により薄片化した後、低加速電圧(0.5 kV)でのArミリングにより表面ダメージを低減したTEM試料を準備した。
観察手法
電子顕微鏡観察には、走査透過型電子顕微鏡JEM ARM200CF(JEOL Ltd.)を使用した。加速電圧は200 kV、収束角は24 mrad、ABF/ADFの検出角はそれぞれ12 – 24 mrad、60 – 200 mradで行った。電子線ダメージを抑制するため、9 pAの低電流で観察を行った。また、 信号雑音比を改善するため、同一領域から30枚の像を取得した後、画像間の位置補正し、平均化処理を行った。
出典:T. Futazuka, R. Ishikawa, N. Shibata, and Y. Ikuhara, Nature Communications, 13, 5299 (2022).
応募作品
TEMその場観察により明らかにした粒界−転位相互作用のダイナミクス
応募部門
3.透過電子顕微鏡部門(STEM, 分析等を含む)
応募者・共同研究者
1. 井 誠一郎, 物質・材料研究機構
2. 榎並 武郎, 熊本大学大学院生(現:富士電機)
3. 大村 孝仁, 物質・材料研究機構
4. 連川 貞弘, 熊本大学大学院
作品の説明
多結晶材料の降伏強度と結晶粒径は、σy=σ0+kyd-1/2で表されるHall-Petchの関係に基づくことが経験的に知られている。Hall-Petch係数kyは、粒界近傍に転位が堆積するPile-upモデルを仮定するとkp=(2τcμb/π(1-ν))1/2 と表される。このうち、隣接粒での転位を活性化させるために必要な臨界せん断応力であるτcの定量測定が粒界の役割を理解するために極めて重要である。これまでは、マクロな引張試験より求めたHall-Petch関係における係数kyよりτcが求められてきた。近年では、多結晶中の個々の粒界に対する局所力学試験も盛んに行われ、ナノインデンテーション法により、個々の粒界からの距離を系統的に変化させて行った試験から求めたHall-Petch係数knから導出された個々の粒界におけるτcの導出も試みられている。しかしながら、各種力学試験において個々の転位の運動を捉えることはできず、いずれも力学応答からの推測である。我々は、インデンテーション技術を適応した透過型電子顕微鏡試料ホルダーを用いて、粒界と転位の相互作用を組織変化と力学応答両面の同時取得に成功した。図1(a)に、荷重負荷前の組織を示す。測定に用いた試料は、任意の粒界を含めた領域よりSEM-FIBにより作製した双結晶である。予めEBSD測定を行い、図中矢印の間に存在する粒界がΣ3{111}粒界であることや、図1(b)に示したGrain AおよびGrain B両結晶粒のステレオ投影図に記した荷重負荷方向を試料作製前に確認している。図2には、TEM内での圧縮試験時に得られた真応力−真ひずみ(S-S)曲線を示す。右側には荷重負荷直後の領域を拡大したS-S曲線を示す。直線的に応力が上昇する弾性域から約0.05の真ひずみ付近で傾きが変わり、マクロにはバルク材の圧縮試験と同様な傾向を示す。しかしながら、真応力-真ひずみ曲線における記号AからDに対応する負荷応力で組織には大きな変化が認められたため、一連の組織変化を 図3(a)-(d)に示すスナップショットで説明する。各図の右上に示した時間は、測定経過時間である。図3(a)において、矢印で示した圧子との接触点付近から生成した転位が粒界に向かって運動している。真応力の増加に伴い、図3(b)に示すようにGrain Aの転位密度が上昇し、図3(c)では粒界近傍での転位のパイルアップが認められる。また、試験の初期段階と比較して、白抜きの矢印で示すように、粒界上にはぼやけたコントラストが存在する。録画した動画において 図3(c)の次のフレーム(1/30秒後)に対応する 図3(d)では、Grain Bにおいて直線的なコントラストが明瞭に確認できる。試験を継続したため、各時点で観察された転位の直接的な解析は不可能であったが、事前に確認した試料の幾何関係から半ループの形状を仮定した転位線の間隔とfccのすべり面である{111}の投影幅を測定し、半ループの間隔からすべり面の同定を試みた。同定したすべり面を含むすべり系の中で、シュミット因子が最大となるすべり系を活動すべり系とした。Grain AとGrain Bの活動すべり系と双結晶の幾何関係に基づいて転位反応を解析し、両転位の反応に伴い生成する転位は粒界面がすべり面となり得るバーガースベクトルを有すること、また、両結晶粒で活動した転位に対して同時に測定した真応力よりせん断応力を見積もったところ、マクロ測定により求めたkyから導き出されるτcと良い一致を示すことを実験的に明らかにした。
学術的価値
隣接粒にすべり変形が伝播するために必要な臨界せん断応力τcの測定は、あらゆる方法で試みられてきたが、いずれも間接的な測定であった。転位を組織として直接捉え、かつその時点の応力を測定した今回の成果は、τcの直接測定を可能にしたことのみならず、このτcが応力-ひずみ曲線で認められるマクロな降伏現象より遥かに低い応力レベルで生じており、降伏現象や粒界−転位相互作用の理解に対する極めて重要な結果である。
技術的価値
その場観察技術は既に一定の技術が確立されているが、精緻な力学測定と組織観察の両立は依然極めて困難である。FIBを用いた試料作製が、試験片サイズおよび形状の高精度な制御を飛躍的に改善したものの、照射欠陥の導入は避けられない。本試験では、変形前に加熱ホルダーで試料を直接焼鈍し、欠陥を可能な限り低減したことが良好な観察につながった。随所に工夫を凝らすことで成功した試験であり、技術的な価値も高い。
組織写真の価値
粒界と転位の相互作用は、その場観察だけでなく静的観察によっても盛んに調べられている。静的観察では、高精度な撮影が可能ではあるものの、外的環境下における本来の組織は確認できない。一方、その場観察では直接的な組織観察が可能であるものの、観察条件に極めて敏感な転位の明瞭な観察は非常に困難であった。今回、制約された環境下で、粒界近傍での転位運動を明瞭に捉えた一連の顕微鏡像は、写真としても価値が高い。
材料名
純Al(純度99.99 mass%)
試料作製法
純Alに大気中400℃-3.5hの焼鈍を施した後、炉冷することで再結晶組織とした。熱処理後の試料表面を機械研磨、電解研磨により鏡面に仕上げ、試験対象とする粒界の幾何情報を理解するために電子線後方散乱回折(EBSD)取得システムを備えた走査型電子顕微鏡(SEM)による方位解析を行った。EBSDで取得したデータから、Σ3の方位関係を有する粒界近傍から粒界を含む双結晶と隣接粒の単結晶試料を収束イオンビーム(FIB)法により薄板状試料を作製した。薄板試料のサイズは、おおよそ幅500 nm、高さ700 nm、厚さ300 nmである。加速電圧を200kVとする汎用の電子顕微鏡を用いた観察に供する薄膜試料の膜厚より厚いが、剛性が小さいAlの場合、試験片の膜厚を100nm程度にすると試験中にたわみ、正確な試験を行うことができなかったための工夫である。
観察手法
観察に用いたTEMはJEM-2010Fである。押込試験には、ピコインデンターホルダ(Hysitron PI-95)を用い、変位制御のモードで試験を行った。変位速度は1nm/secとし、荷重および変位データは60 points/secのサンプリングレートで取得した。圧縮試験時の動画の記録は、TEMに装備したCCDカメラ(Gatan Orius 200D)で行い、解像度を1024 pixel×1024 pixel、フレームレートを30 fpsとして取得した。
出典:S. Ii et al., Scripta Mater. 221 (2022), 114953.
応募作品
ジルコニア単結晶表面ビッカース亀裂の熱処理修復
応募部門
3.透過電子顕微鏡部門(STEM, 分析等を含む)
応募者・共同研究者
1. 粥川 俊介, 名古屋大学大学院工学研究科
2. 勝山 湧太郎, 名古屋大学大学院工学研究科
3. 小平 亜侑, 名古屋大学大学院工学研究科
4. 徳永 智春, 名古屋大学大学院工学研究科
5. 森田 孝治, 国立研究開発法人物質・材料研究機構
6. 中村 篤智, 大阪大学大学院工学研究科
7. 山本 剛久, 名古屋大学大学院工学研究科
作品の説明
本組織写真は、ジルコニア単結晶(001)表面に付したビッカース圧痕亀裂を亀裂修復モデルの試料として用い、この亀裂を1250℃において10分の熱処理を行ったあとの亀裂修復組織を、FIBピックアップ法によるTEM薄片の調整、および、高分解能STEMによるナノスケールレベルの観察によって組織解析を行った結果の一部をまとめている。ビッカース亀裂は、熱処理を行うだけで、亀裂両側の結晶方位関係が元の単結晶方位へと完全に回復していることが明らかとなった。 セラミック材料の多くは硬度や化学的な安定性に優れるため、使用寿命が尽きた後の再処理、原料再利用が大きく制限されている。そのため、セラミック材料においては、CO2削減への対応として、実利用期間を延長するための技術開発が危急の課題として設定されている。セラミック材料の利用寿命を制限する要因の一つは、応力や熱衝撃などで発生した微細亀裂の成長による脆性破壊が挙げられる。この亀裂伝播を防ぐことを目的として、初期に形成された微細亀裂を修復して、使用寿命を延ばす技術が注目されている。微細亀裂の修復技術については、添加物や酸素分圧調整による亀裂箇所へのガラス層の形成など、いくつか報告されているが、そもそも、“微細な亀裂が熱処理によってどのように変化しているのか”という基礎的な知見、特にナノスケールレベルでの構造観察が行われてこなかった。この理由は、亀裂が存在する領域には非常に高い応力場が形成されているため、TEM観察のための薄片化が困難であったためである。この組織写真は、薄片化領域やその厚さを試行錯誤によって慎重に調整することによってTEM薄片を作製し、さらに、試料厚みが厚い場合でも高い分解能下で観察が可能なSTEM観察を展開させた結果を示している。 ビッカース圧子の圧入によって生じた亀裂表面は、熱処理によって修復されることが表面組織を撮影したSEM像から確認できる(組織写真左側の写真)。この箇所に関して表面から単結晶内部方向へFIBピックアップを行いSTEM観察を行ったところ、微細亀裂が存在していた箇所は、熱処理によって完全な単結晶方位関係に回復していることが見出された。さらに、熱処理前に存在していたクラック箇所には、六角形もしくは菱形形状の特徴的なポアが残留していることが見出された。これらのポアを形成する晶壁面{001}、{011}、{111}は、ジルコニアにおいて表面エネルギーの低い面であることが分かっている。菱形形状は、この中で最も表面エネルギーが高い{001}が消失したことで六角形状から変化した結果である。 微細亀裂を回復させる手法として、“単純な熱処理”も有効な手段の一つであること、熱処理温度などの条件を精査することで、ポアの無い完全に修復された状態へと回復できる可能性があること、を明らかにできた。
学術的価値
微細亀裂の修復についてはガラス層の浸漬などの技術が報告されているが、この解析結果に示したように単純な熱処理によっても回復できる可能性を示すことができたこと。また、従来の関連研究では光学顕微鏡やSEMを用いた観察手法に終始していたが、TEM薄片化を実現させたことで、初めてナノスケールでの観察が可能となり、亀裂両側の結晶が、熱処理によって元の単結晶方位へと完全に修復されていること等を明らかしたこと。
技術的価値
亀裂箇所周辺には非常に高い応力場が形成されている。この応力場のために、TEM観察に必要な薄片化作業を行うと試料が破壊してしまう。この観察では、破壊を防ぐために、FIBピックアップ後の薄片化工程において、薄片化する領域を限定し、その両側部分に厚みを持たせるなどの試行錯誤を行って薄片化を成功させている。この薄片化法によって、修復後の亀裂微細構造をSTEMを用いて初めて明らかにできたこと。
組織写真の価値
セラミック材料の微細亀裂を熱処理によってのみ修復させた箇所を、ナノスケールレベルで構造解析を行い、亀裂両側の結晶方位が熱処理によって完全に元の単結晶へと回復していること、残留ポアの形状が表面エネルギーの低い面で構成された特徴的な形状であること、などを視覚的に示せていること。
材料名
10mol%イットリア(Y2O3)が添加された安定化ジルコニア(ZrO2)単結晶
試料作製法
10mol%イットリア(Y2O3)が添加された安定化ジルコニア(ZrO2)単結晶(2 mm×10 mm ×0.5 mm)の(001)上へ、マイクロビッカース試験機(Via-S, Matsuzawa Co. Ltd.)を用いて100gf、15sの圧入試験を行い、ビッカース圧痕、およびその角から発生したビッカース亀裂を形成させた。その後、この単結晶を、大気中1250℃、10minの熱処理を行った。熱処理後のビッカース亀裂の表面組織をSEM(MI4000L, Hitachi High-Tech Corp.)で観察し、表面の修復状況を確認した。SEM観察では表面組織に敏感となるように加速電圧を1 kVとして観察を行っている。その後、表面が修復されている箇所から、亀裂に対して垂直方向となるよう(001)表面から深さ方向に向かってFIB(MI4000L, Hitachi High-Tech Corp.)による切削、ピックアップを行った。なお、STEM観察の方向は、亀裂面に対して平行方向となる。ピックアップされた試験片を、さらにFIBによって薄片化させた。ビッカース圧痕下、およびその周囲には、多数の転位および微細亀裂が複雑に存在しているため、極めて高い残留応力場が発生している。この応力場によって薄片化工程中に試料片が破壊してしまう。そこで、薄片化領域を、亀裂箇所を含む両側の限定された領域のみとし、さらに、その薄片化厚みを60-80nm程度とすること、また、薄片箇所の外側部分には厚みを残すこと、などの工夫を行った。その結果、亀裂近傍のSTEM観察用薄片の調整に成功した。観察には試料厚みが厚い場合にも詳細な観察を行うことができるSTEM法(200 kV, ARM-200FC, JEOL Ltd.)を用いた。
観察手法
球面収差補正機が搭載されたSTEM (200 kV, ARM-200FC, JEOL Ltd.)を用い、BF-、LAADF-、HAADF-STEM像の取得を行った。組織観察方向は亀裂面に対して平行方向から行った。試料厚みが厚いためにHAADF-STEMでのフォーカス位置の適宜調整を行った。例えば、組織写真に示すように(組織写真の右に示した高分解能HAADF-STEM像)、残留ポアの高分解能HAADF-STEM像の場合には、相対的に厚みが薄くなるポアでのフォーカス位置と、その周囲の結晶部分におけるフォーカス位置とは大きく異なってくる。組織写真では、それぞれの箇所でフォーカスを変化させて高分解能HAADF-STEM像を取得するなどの工夫を行っている。
出典:”Microcrack healing in single-crystal cubic zirconia by thermal annealing”, J. Euro. Ceram. Soc. (10.1016/j.jeurceramsoc.2022.10.065).
応募作品
3次元アトムプローブによる銅合金中の析出相の解析
応募部門
4.顕微鏡関連部門(FIM, APFIM, AFM, X線CT等)
応募者・共同研究者
1. 佐々 木宏和, 古河電気工業株式会社
2. 秋谷 俊太, 古河電気工業株式会社
3. 大場 洋次郎, 原子力研究開発機構
4. 大沼 正人, 北海道大学
5. A. D. Giddings, アメテックカメカ事業部
6. 大久保 忠勝, 物質・材料研究機構
作品の説明
スマートフォンなどの電子機器の小型軽量化や高性能化に伴い、電子部品に使用される銅合金に高強度及び高導電性の材料が望まれている。このような要求特性を満たす銅合金としてCu-Ni-Si 系合金があり、Cu母相中にNi-Si系化合物が微細分散する事で強度が向上する。新合金の研究開発のためには、導電率や強度の特性発現機構を理解する必要があり、従って、析出相の構造解析が重要である。銅合金の析出相解析は、多くがTEMを用い、3次元解析した事例は少ない。従来、銅の3次元アトムプローブ測定は、測定中の破壊頻度が高く、安定的に測定することが困難であった。本研究は、銅合金の3次元アトムプローブ測定を安定的かつ広い視野で行った初めての事例である。 試料はNiが2.5 mass%、Siが0.6 mass%含有したCu-Ni-Siコルソン合金である。Cu-Ni-Si合金は、溶解・鋳造した後、熱処理、圧延、焼鈍工程を経て、溶体化熱処理を行った。その後、時効析出熱処理を行った。時効時間は2時間で、時効温度は500 ℃、550 ℃である。図1に500℃時効試料の3次元アトムプローブによる解析結果を示す。図ではSiが4 atomic%の等濃度面を示している。多くの析出相は数nm~10 nmであり、球形ではなく、やや潰れた形状となっていることが理解できる。また、50 nm程度の相も確認できる。通常、3次元アトムプローブ測定は、測定中に試料が頻繁に破壊されるため、数100 nmの視野範囲に留まるが、3次元アトムプローブの測定条件を最適化することにより、約1 μmの視野範囲で測定することができた。また、データ量は158M原子と非常に大きいデータを得ることができた。尚、この測定においては、約1000個の析出相を計測することができ、十分な統計を得ることができている。3次元アトムプローブから算出した析出相の平均サイズは、X線・中性子小角散乱法による結果と、ほぼ整合する結果となった[1]。 また、550℃時効試料について、Siの2 atomic%等濃度面を表した結果を図2(a)に示す。析出相の大きさは5~20nmと広いサイズ分布を持っている。この550℃時効試料のデータから、図2(b)に示すように析出相の1つを選択し、ラインプロファイルを作成した結果を図2(c)に示す。このラインプロファイルから析出相の中心部は、NiとSiは2:1で存在していることが分かり、別途、析出相を電子線回折図形から解析した結果のδ-Ni2Siと整合していた。 [1] Mater. Trans., Vol. 63 (2022), No. 10 pp. 1384-1389.
学術的価値
本写真は、銅合金の3次元アトムプローブ測定を安定的かつ広い視野で行った初めての事例である。多くの銅合金は、Ni,Si以外にCo, Mgなどの様々な添加物により特性を制御するが、特性発現機構が未知な銅合金も多くある。3次元アトムプローブによる銅合金の解析が進めば、今後、様々な銅合金の特性発現機構の解明が進むと考えられる。
技術的価値
3次元アトムプローブは、カメカ製EIKOS-UVを用いた。蒸発をアシストするパルスレーザーは、波長が355 nmである紫外光を使用し、かつ、その他の測定条件を最適化することにより、測定中の試料破壊が容易に起きず広視野範囲の銅合金の測定が可能となった。
組織写真の価値
これまで安定的な3次元アトムプローブ測定が困難だとされた銅合金を約1 μmの視野範囲で測定することができた点について新規性がある。また、データ量は158M原子と非常に大きいデータを得ることができており、十分な統計量を得ることができた。
材料名
Cu-Ni-Si合金
試料作製法
FIB
観察手法
3次元アトムプローブ
出典:MATERIALS TRANSACTIONS Vol. 63 (2022), No. 10 pp. 1384-1389.
銅と銅合金, 第 60 巻1号(2021),309.