日本金属学会

金属組織写真賞

第74回金属組織写真賞 選評

 本年度の応募件数は、「1. 光学顕微鏡部門」は残念ながら無し、「2. 走査電子顕微鏡部門」3件、「3. 透過電子顕微鏡部門」2件、および「4. 顕微鏡関連部門」4件の計9件であった。
 選考委員会での事前評価結果を理事会において報告し、金属組織写真賞規則に従って、最優秀賞1件、優秀賞2件、ならびに奨励賞1件の授賞を決定した。
 今回もWeb審査を踏襲し、選考委員14名に順位点と評価点(5点満点)、および評価の高い作品については選定理由の記載をお願いした。部門も含めた内訳としては、走査電子顕微鏡部門から最優秀賞1件、顕微鏡関連部門から優秀賞2件、および透過電子顕微鏡部門から奨励賞1件となった。

 最優秀賞「YBa2Cu3O7-y超伝導薄膜中ナノロッド分布のマイクロスケールでの可視化」(2. 走査電子顕微鏡部門)は、YBCO超伝導薄膜において、磁束の人口ピンニングサイトとして導入されたナノロッド組織のマイクロスケールにわたる広域可視化に、世界で初めて成功したものである。材料特性をその内部組織の視点から理解するためには、高い空間分解能を保ったまま低倍率広視野を必要とする場合も多く、本成果は学術的価値が高いだけでなく、他分野への波及効果の点でも優れている。またヒートマップ表現を用いて、ナノロッドの不均一分布を明確に示した点や、SEMの結像特性を考慮し、FIBで薄片化した試料を用いることで鮮明な可視化を実現した点も、技術的な面で高く評価された。
 優秀賞(部門別、受付番号順) 1件目「Ti-48Al-2Cr-2Nb合金の凝固過程の時間分解CT-XRD観察」(4. 顕微鏡関連部門)は、新たにTiAl基合金融液と反応しない容器を開発することにより酸素溶解量を低減させた上で、TiAl基の実用合金の一つであるTi-48Al-2Cr-2Nb合金において、その凝固組織の三次元形態の時間発展ならびに結晶方位の情報を同時取得し、BCCとHCPが共存したデンドライト組織の発達を明確にとらえた成果であり、学術的に高く評価された。
 優秀賞2件目「Al-Zn-Mg合金における水素脆化発生挙動のマルチモーダル3Dイメージベース解析」(4. 顕微鏡関連部門)は、三次元的な結晶粒組織と亀裂の発生位置を、実験とFEM解析の両面から対応させ、粒界での亀裂発生挙動をマルチモーダル的にとらえるだけではなく、変形・水素濃化挙動との比較を可能とした点が、学術的にも工学的にも大きく評価された。
 奨励賞「環境制御型TEMホルダーを用いたFe-Zn合金化反応in-situ観察」(3. 透過電子顕微鏡部門)では、FeAl合金の溶解から、FeAl合金を核としたFeZn合金の生成および成長をin-situでとらえることに成功しており、高温観察と時間分解能を両立させた技術が高く評価された。
 惜しくも選に漏れた作品も含め今回もレベルの高い力作揃いであった。他の学会に例を見ない独自性と学術性を重んじてきた金属組織写真賞の継続と発展のために、今後もますます優れた金属・材料の組織写真が応募され続けることを期待したい。

金属組織写真賞委員会委員長 
小山敏幸(名古屋大学)

受賞結果最優秀賞 1件 
優秀賞 2件 
奨励賞 1件
応募作品数 【第1部門】 0件 
【第2部門】 3件 
【第3部門】 2件 
【第4部門】 4件

最優秀賞
YBa2Cu3O7-y超伝導薄膜中ナノロッド分布のマイクロスケールでの可視化

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応募部門

2.走査電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

1. 黒木 優成, 九州工業大学
2. 阿内 三成, 九州大学
3. 堀出 朋哉, 名古屋大学
4. 松本 要, 九州工業大学
5. 石丸 学, 九州工業大学

作品の説明

従来の磁石や電磁石に比べ強磁場の発生が可能であるREBa2Cu3O7-y(REBCO、RE:希土類)超伝導薄膜の臨界電流密度(Jc)を向上させるため、超伝導体に侵入した量子化磁束を固定する「人工ピンニングセンター」の導入が試みられている。REBCO成膜時にペロブスカイト型構造の非超伝導性物質を同時に添加すると、成長方向に沿ってナノロッドが自発的に形成される。ナノロッドは量子化磁束を全長にわたって効率よくピンニングし、Jc特性の向上に寄与する。ナノロッドが均一に分布するのが理想的であるが、実際はナノロッドの異常成長や欠如が生じ、そこから超伝導状態が破れ、Jc低下につながる可能性がある。このため、ナノロッドの不均一分布に関する知見が求められている。ナノロッド分布に関する知見を得るには広範囲の構造観察が必要である。しかし、ナノロッドを導入したREBCO試料に用いられている従来の解析手法(透過型電子顕微鏡法(TEM)、走査型透過電子顕微鏡法)ではナノスケールでの観察が限界であり、マイクロスケールの広範囲で不均一性に関する情報を得るのは困難である。本研究では、走査型電子顕微鏡(SEM)の二次電子像を用いてナノロッドの分布を広範囲で捉える方法を確立した。図1は、SrTiO3単結晶基板上に堆積したBa2YbNbO6添加YBa2Cu3O7-y超伝導薄膜の断面TEM明視野像である。格子定数の異なる物質が重なることにより発生したモアレ縞が膜成長方向に伸びており、ナノロッドが形成していることが分かる。基板付近の太いナノロッドは、成長が進行するとともに直径約10nmの均一なナノロッドになっている。ナノロッドの構成元素を特定するため、平面試料の元素マッピングを行なった(図2)。環状明視野像(図2(a))の白い領域がナノロッドの断面に相当している。ナノロッドの領域ではCuの濃度が低く (図2(d))、Yb (図2(e))およびNb (図2(f))の濃度が高くなっており、Ba2YbNbO6ナノロッドの導入が示唆される。なお、YbとYの原子半径が近いため、ナノロッドの一部がYに置換されていることが明らかとなった(図2(b、e))。断面および平面TEM観察により得られたナノロッド形態の模式図を、図1の挿入図に示す。マイクロスケールでのナノロッドの分布を調査するため平面SEM観察を行い、二次電子像を取得した。図3(a)は集束イオンビーム(FIB)により表面をわずかに削り、SrTiO3単結晶基板は残した状態のバルク試料から得られた二次電子像である。従来の報告と同様、ナノロッドに相当するコントラストは不明瞭である。試料内部からの後方散乱電子により発生した二次電子が像質の劣化を導いていると考えられる。図3(b)は、後方散乱電子を低減するために100nm以下に薄片化した試料を観察した結果である。ナノロッドに相当する明るいドットの分布が鮮明に確認でき、薄片化試料のSEM観察が有効であることを示している。本写真ではナノロッドが存在しない領域も確認できる。図4は、図3(b)を内包した2.6×6μm領域の二次電子像にヒートマップを重ねた結果である。200×200nm領域のナノロッド数を計測し、その大小によって色分けしている。黄色が平均個数(35本)に相当しているが、平均値から大幅にずれている領域が存在している。ヒートマップより、マイクロスケールでのナノロッド分布を初めて可視化することができた。

学術的価値

REBCO薄膜を超伝導電磁石の用途で実用化する際には、薄膜の性能を安定させることが重要となる。つまり、Jcの位置依存性を限りなく0に近づける必要があり、ナノロッド分布を均一にすることが技術的課題となる。本研究では、薄片化試料を平面SEM観察することにより、マイクロスケールにわたるナノロッド分布を捉えることに初めて成功した。本観察手法は、ナノロッド制御に重要な指針を与えることが期待される。

技術的価値

REBCO中のナノロッドをSEM観察した例は存在するが、像質劣化によりその特定が困難であった。電子軌跡のモンテカルロシミュレーションより、後方散乱電子の低減がナノロッドの観察に有効であると考え、FIBにより薄片化した試料の観察を行い、マイクロスケールの領域で高分解能の画像を得ることが出来た点に価値がある。本手法はプラズマFIBとの併用により、100μmを超える領域の観察にも拡張が可能である。

組織写真の価値

ヒートマップにより、ナノロッドのマイクロスケールにわたる不均一性を可視化したことに価値がある。ナノロッドの数が少ない領域では、その直径が大きくなっており、成膜中に該当領域でナノロッド構成元素が異常拡散したことを示唆している。この情報を基にプロセスを最適化することにより、特定領域におけるJc劣化を低減することが可能となる。

材料名

4.5vol.% Ba2YbNbO6添加YBa2Cu3O7-y薄膜/SrTiO3単結晶基板

試料作製法

パルスレーザー堆積法によりSrTiO3単結晶基板上に4.5vol.%Ba2YbNbO6添加YBa2Cu3O7-y薄膜を堆積した。10HzのKrFエキシマレーザーをYBa2Cu3O7-yとBa2YbNbO6の混合ターゲットに照射し、酸素分圧0.26mbar、基板温度890℃の条件下で成膜した。TEMおよびSEM試料は、FEI Quanta 3D 200iとHitachi MI-4000L(いずれも九州大学超顕微解析研究センター)を用いたFIB加工により作製した。試料表面の保護層として、カーボンまたはタングステンを用いた。GaイオンFIB加速電圧は、始めに30kVを用い徐々に2kVまで下げて使用した。

観察手法

断面明視野像はJEOL JEM-3000F TEMを用いて、加速電圧300kVで観察した。元素マッピングはエネルギー分散型X線分光器を搭載したJEOL JEM-F200 TEMにより、加速電圧200 kVで取得した。平面二次電子像はHitachi MI-4000L FIBに搭載されたSEMにより、加速電圧10kVで撮影した。二次電子はレンズ内検出器を用いて収集した。

出典:M. Kuroki, T. Horide, K. Matsumoto, M, Ishimaru, J. Appl. Phys. 134, 045302 (2023).

優秀賞
Ti-48Al-2Cr-2Nb合金の凝固過程の時間分解CT-XRD観察

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応募部門

4. 顕微鏡関連部門

応募者・共同研究者

1. 勝部 涼司, 京都大学
2. 鳴海 大翔, 京都大学
3. 安田 秀幸, 京都大学

作品の説明

本作品はTiAl基の実用合金のひとつであるTi-48Al-2Cr-2Nb合金 (at.%、以下同様) の凝固過程を時間分解X線トモグラフィ (CT) とX線回折 (XRD) の連成計測手法により観察した結果である。高温における比強度が優れるTiAl基合金は次世代のモビリティ用高温材料として1950年代から注目され、現在はGeneral Electric等が製造するジェットエンジンの低圧タービン動翼として実用化されている。TNM合金と呼ばれるTi-43Al-4Nb-1Mo-B合金のように鍛造可能な材料も開発されているが、TiAl基合金は基本的に加工性に乏しく、鋳造と熱処理により微細組織を作りこむことが多い。従って、凝固とそれに続く固相変態過程を実測に基づき明らかにすることは、TiAl基合金の開発に有用である。しかし、融点が1700 K台後半と高く、構成元素であるTiの化学的活性が高いTiAl基合金の凝固・相変態現象をその場観察するのは困難であり、これまではNishimuraらによるX線透過像観察が1例報告されているのみであった (Nishimura et al., ISIJ Int. (2021))。この研究においても、容器として用いられたMgOとの反応により酸素が10at.%程度混入して相平衡関係に影響を及ぼしており、実用合金の観察は達成されていなかった。本研究ではEllingham図を用いた化学熱力学的考察に基づき、TiAl基合金融液と反応しないY2O3を用いた観察容器を新たに開発した。これを安田が開発してきた最高1873Kの高温領域における凝固現象の時間分解CT-XRD同時計測システムに組み込むことで、酸素溶解量をSEM-EDSの検出下限以下に抑えた状態でTiAl基合金の凝固・相変態過程のその場観察に成功した。Ti-48Al-2Cr-2Nb合金の平衡凝固パスでは、BCC構造をとるβ相がまず晶出し、その後HCP構造をとるα相へと包晶変態する。一方その場観察によると、図1に示すCT像と図2に示すXRD計測結果から、β相とα相が共存した柱状デンドライトが成長することが明らかになった。この成長形態は、包晶系における拡散律速による連続成長と考えて矛盾しない。また、BCCに帰属できる回折線は凝固が進行しても観測されつづけ、β相は凝固完了時にも残存した。本研究で用いた観察システムは鉛直方向を軸として試料を回転させながらXRDを計測するため、時間分解で正極点図解析を行える。図3(a) は凝固直後の回折像を用いて描いたBCC正極点図であり、図3(b)–3(f) は図3(a) に晶帯軸を引いたものである。試料中には複数の結晶粒が形成したが、ほとんどの結晶はBCC <100> が鉛直に近い方向を向いており、CT像を鑑みるとデンドライトの主軸がBCC <100> と合致している。さらに、CT像を主軸方向から観察すると3回対称をもって成長する二次アームが観測されたため、二次アームはHCP構造をとるα相で構成されることも明らかになった。以上の成長形態は凝固完了後の固相変態によってα相からBlackburnの関係 (M. J. Blackburn, in The Science, Technology and Application of Titanium, Pergamon, 1970.) を満たしながら形成するL10-D019ラメラ組織の形態にも影響することを見出しており、本研究によりその場観察に基づくTiAl基合金の微細組織制御への道が拓かれたと考える。

学術的価値

平衡凝固パスにおいて包晶反応等の固相中の拡散が律速する過程を含む合金系では、Fe基合金におけるマッシブ的変態のように、現実の凝固パスは平衡状態図と異なる場合が少なくない。本研究は、平衡凝固パスでは包晶反応・固相変態・規則不規則変態により多相組織が形成するTiAl基合金の凝固組織形成ついて、従来の平衡状態図に基づく理解を脱却した実証に基づく知見を提示する点に学術的価値がある。

技術的価値

真空中かつ最高1873 Kの高温領域における凝固現象の観察システム、および活性合金用に独自開発したY2O3を用いた容器を使用することで、実用合金の中で最難関と言えるTiAl基合金の時間分解CT-XRD同時計測を実現した。さらに、phase field modelに基づく画像処理によるCT像の高解像度化や、CTのセットアップ行うXRD計測を活かした正極点図解析という独自性の高い解析手法を用いた。

組織写真の価値

高融点かつ反応性の高いTiAl基合金の凝固初期から末期における固相を形態 (実空間)、結晶構造 (逆格子空間) の両面から可視化した点。また、TiAl基合金は凝固後に固相変態が起こるため、室温の組織に基づく凝固中の組織推定は困難である。従って、本研究で見出したBCCとHCPが共存したデンドライト成長は時間分解CT-XRD計測によらなければ知りえない知見であり、価値のある組織写真であると考える。

材料名

Ti-48Al-2Cr-2Nb (at.%) 合金

試料作製法

各構成元素の純度99.9%以上の純物質を原料試薬とし、アーク熔解によりTi-48Al-2Cr-2Nb合金を作製した。純Alについては、一般的な高純度試薬には微細化剤 (核生成サイト) としてTiB2が添加されているため、地金メーカーに特注した微細化剤無添加の地金を使用した。熔製した合金から放電加工により直径1mm程度の円柱を切り出し、リューターに取り付けて機械研磨することで直径600µm、長さ2mmの円柱形試料を作製した。観察時の試料容器には高密度Al2O3チューブの内壁をY2O3でコートしたものを用いた。

観察手法

手法: 放射光X線トモグラフィ (CT)、放射光X線回折 (XRD)。
使用装置: 真空・高温X線CT-XRD連成計測セットアップ (研究グループのオリジナル装置をSPring-8へ持ち込み)。
備考: 本研究はSPring-8の一般課題 (2023A1288、2023B1161) として遂行した。

出典:オリジナル

優秀賞
Al-Zn-Mg合金における水素脆化発生挙動のマルチモーダル3Dイメージベース解析

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応募部門

4.顕微鏡関連部門

応募者・共同研究者

1. 比嘉 良太, 九州大学
2. 藤原 比呂, 九州大学
3. 戸田 裕之, 九州大学
4. 小林 正和, 豊橋技術科学大学
5. 海老原 健一, 日本原子力研究開発機構
6. 竹内 晃久, 高輝度光科学研究センター

作品の説明

Al-Zn-Mg合金は、高強度化すると水素脆化感受性が増し信頼性が低下することが問題となっており、水素脆化の克服が求められている。Al-Zn-Mg合金が水素脆化を起こすと、主に粒界が破壊の発生起点となることが知られている。そのため、水素脆化克服のために粒界破壊の発生挙動について理解する必要がある。粒界破壊に対しては、多結晶体中の不均一な変形挙動やそれに起因する局所的な水素濃化挙動が重要であると予想される。それを評価するために、多結晶の有限要素法モデルを用いたシミュレーションが有効であるとされている。しかし、従来は、実際の複雑な3次元結晶粒組織をモデル中に再現することができず、多結晶体で生じる水素脆化挙動を評価することが困難であった。そこで、本研究では材料中の結晶粒組織を非破壊かつ3次元でイメージング可能な手法である回折コントラストトモグラフィー(DCT)法に着目した。この手法により得られた実際の3次元組織を元にモデルを構築し、粒界上の変形挙動・水素濃化挙動を評価した。さらに、実際の破壊挙動と対応させることで、粒界破壊の発生に対する水素濃化挙動の影響を評価した。図1は、3次元結晶粒画像と粒界亀裂像とを重ね合わせた画像である。亀裂を黒色で示す。また、右下に逆極点図を示す。粒界亀裂像については、DCTによる観察を行った試験片に対して引張負荷を与え、その際にX線CTによるその場観察を行うことで得た。この図から、試料表面のごく限られた一部の粒界上で亀裂が発生したことが見て取れる。これは、結晶粒組織の不均一性により、ごく一部の粒界上で水素脆化感受性が高くなり優先的に破壊したためであると考えられる。そして、図4は、Crack 1とその周辺の結晶粒を抜き出して拡大した画像である。これに示すように、材料内部の3次元的な結晶粒組織と水素脆化亀裂の位置関係が明確に可視化された。図2は、結晶粒画像をもとに作製された3次元の多結晶有限要素法モデルである。3次元的な結晶粒組織が高精度に再現された。図3は、シミュレーションにより予測された亀裂発生直前の段階における水素濃度分布と、粒界亀裂像を重ね合わせた画像である。また、図5は、図3中のslice Aの断面図を拡大した画像である。特に図5を見るとわかるように、亀裂が発生した粒界では、他と比較して水素濃度が高い傾向にあることが明確に見て取れる。計算と亀裂発生挙動の比較から、多結晶体の不均一変形に起因する局所的な水素濃化が粒界の水素脆化感受性を支配する因子であることが明らかになった。ただし、図3を見るとわかるように、完全には水素濃度分布と亀裂発生位置が対応していない。そのため、粒界の水素脆化感受性を支配する因子は、水素濃度のみではないと考えられる。これについては、亀裂発生挙動と変形挙動のシミュレーション結果との比較により、粒界面に垂直な方向の応力が支配因子であると出典の論文中で明らかになっている。このように、3次元のマルチモーダル計測・シミュレーションにより、実際の破壊挙動に対する多結晶体中の局所的な変形挙動や水素濃化挙動の影響が明らかになった。

学術的価値

従来は、水素の直接的な観察が困難であるため、材料の変形・破壊挙動に基づく間接的、定性的な水素濃化挙動の評価が殆どであった。その中で本研究では、マルチモーダル計測・シミュレーションにより、多結晶の金属中で生じる水素脆化挙動を、3次元で定量的に評価することを可能にした。これにより、破壊挙動と多結晶体中の水素濃化挙動との関係が直接的に明らかになった。

技術的価値

DCTは、結晶粒を非破壊でイメージングできる技術である。これを利用し、本研究では、同一試験片の同一視野に対して同時に、結晶粒と破壊挙動のイメージングを3次元で行った。このようなマルチモーダル計測により、亀裂発生挙動と3次元結晶粒組織との直接比較を可能にした。さらに、3次元結晶粒画像をそのままモデルに取り込む3Dイメージベースモデリングという技術により、変形・水素濃化挙動との比較も可能にした。

組織写真の価値

本研究では、3次元的な結晶粒組織と、亀裂の発生位置とを同一視野で対応させて可視化した。これにより、水素脆化における特徴的な破壊様相である、ごく限られた一部の表面の粒界での亀裂発生が3次元で明瞭に作品中にとらえられた。さらに、この画像をもとに、亀裂発生に寄与する結晶学的因子(結晶粒のサイズ、形状、粒界の結晶方位など)を特定できる。そして、それをミクロ組織設計の最適化に応用することも可能である。

材料名

Al-Zn-Mg合金(Al-8.3 mass% Zn-0.99 mass% Mg)

試料作製法

鋳造後のインゴットに対して、均質化処理(773-2h)、熱間圧延(723K、圧下率:95%)、溶体化処理(773K-2h)、時効処理(393K-40h+453K-7h)を施した。そして水中放電加工機を用いて、0.6 × 0.6 μm2の断面積で板から引張試験片を切り出した。その際、同時に試験片に水素をチャージした。

観察手法

最初に、DCT法により無負荷時における試験片標点間部の3次元結晶粒組織を取得した。試験片を回転させながら、試験片全体を覆う程度の大きさのX線を照射すると、Braggの法則を満たした結晶粒の粒全体から回折X線が生じる。その際、後方に検出器を設置すると、結晶粒の回折像が得られる。回折スポットの形状から結晶粒の形状を、スポットの回折角から結晶方位を特定できる。試験片を360°回転させながら3600枚の回折画像を取得し、それを用いて標点間部に存在する全ての結晶粒の結晶方位を取得するとともに、3D結晶粒像を再構成した。その後、同一の試験片に対して引張変位を与え、引張試験中の亀裂発生挙動をX線CTによりその場観察した。そして、試験片の後方に検出器を設置し、試験片の前方からX線を照射した。これによりX線が試験片を透過することで生じる吸収コントラスト像を取得した。試料を180°回転させながら逐次透過像の取得を行い、畳み込み逆投影法により透過像から試験片の3D画像を再構成した。これにより亀裂の形状と発生位置を特定した。

出典:R. Higa, H. Fujihara, H. Toda, M. Kobayashi, K. Ebihara, A. Takeuchi: JILM, 73(2023)

奨励賞
環境制御型TEMホルダーを用いたFe-Zn合金化反応in-situ観察

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応募部門

3.透過電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

1. 西山 武志, JFEスチール(株)
2. 河野 崇史, JFEスチール(株)

作品の説明

近年、自動車業界において二酸化炭素排出量低減や燃費の向上に向けた車両軽量化に対して高強度自動車用薄鋼板が活用されている。中でも耐食性の向上、高防錆化を備えた、高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の開発および適用が進んでいる。こうしためっき鋼板の安定製造や品質性能の確保のためには、合金化処理時のめっき形成過程を理解することが重要である。そこで、合金化反応の直接観察を試みた。本作品は、大気圧下で高速加熱可能な環境制御型TEMホルダーに着目し、Fe-Zn合金化反応の直視を行った結果である。 図1中に示すTEM明視野像より、鋼板とZnめっきおよびその界面にFe-Al合金相が観察された。この試料について、図1中に示すヒートパターンにて加熱を行い、FeZn合金化反応について観察を実施した。図2に加熱前後のZnめっき層の変化、図3に加熱反応中のスナップショットを示す。図3の左下の数字はZnが溶融した時間を基準として経過時間を示している。Fe-Al合金相が加熱とともに減少し、約3sec前後(470℃時点)でほぼ消失した。またZnめっき部においては、420℃付近で全体のコントラストが一様に暗くなり、加熱前に存在していた金属様の回折コントラストが消失した。Znの融点は419.58℃であるため、420℃付近では溶解し、結晶由来のコントラストがなくなったと考えられる。また470℃時点でわずかに存在するFe-Al合金を起点にFe-Zn反応相が成長する様子が観察された。このあと60秒間温度保持を行ったが、反応相の形態や組織の変化については観察されなかった。図2中○で示す粒より得られた回折図形から最終反応相はΓ1であることがわかった。以上の結果より、環境制御型TEMホルダーを用いたFe-Zn合金化反応in-situ観察に成功した。こうしたFe-Zn合金相の成長様式について、従来の報告では、Fe基板と液Znの界面にFe2Al5が存在する状態を始まりとし、Fe2Al5の成長に伴う界面近傍でのAl濃度の減少によりFe2Al5の表面からδ相が晶出、さらにAl濃度が低下するとζ相も現れ成長していくとされている。その後、さらにZnめっき部がΓ相に変化するとされており、今回観察された結果とよく一致していることから、従来知見との整合が確かめられた。今回の結果は、従来知見の成長様式の説明とよく一致したことに加え、合金相の成長の起点を捉える等in-situ観察ならではの知見が得られている。亜鉛めっきの合金化反応は、Siなどの鋼板中の添加元素により合金化過程が変化することが知られており、本手法を適用することで鋼板組成等の影響を含めた詳細な合金化過程の解明が期待できる。

学術的価値

今回用いた環境制御型TEMホルダーによる合金化反応の観察は、従来知見との一致だけではなく、直接観察による成長の起点を捉える等、本手法が合金化反応を解明するうえで重要な技術であることを示している。また、実環境を模擬した中で合金化反応だけでなく、相変態や析出挙動やその他高温反応の直接観察および反応素過程の解明に適用可能である。

技術的価値

従来、Znはその蒸気圧の高さによって容易に蒸発してしまい、反応を捉えることが困難であった。本手法は、大気中で事前加熱を行いZn表面に酸化被膜を形成しZnの蒸発を抑え、合金化反応の直視に成功している。またFeZn合金化反応のin-situ観察はXRD等を用いた相状態変化の追跡などがなされているが、本手法はTEMを用いた実空間での観察であり、Fe-Zn合金相の成長起点や方向といった情報が得られている。

組織写真の価値

FeZn合金化過程をTEMレベルの高速その場組織観察により、界面にめっき/鋼板界面に初期に存在していたFeAl合金の消失や、FeZn合金の成長の起点など従来不明瞭であった、ミリ秒の時間分解能かつナノ領域の反応過程について捉えた結果となっている。

材料名

Znめっき鋼板(Zn-0.19%Al/鋼板)

試料作製法

FIB-SEMを用いてZnめっき/鋼板断面薄膜試料を作製、環境制御型TEMホルダーの加熱用Tip(MEMS-Tip)上の観察位置にピックアップサンプルをセットし、観察試料とした。

観察手法

透過型電子顕微鏡に環境制御型TEMホルダーを導入して、大気圧下でFe-Zn合金化反応を観察した。TEM試料としてZnめっき鋼板(0.19%Al)を用い、FIBにて断面試料を作製した。その際、Fe-Zn界面がMEMS-TipのWindow中央になるようセットされた。加熱時の温度履歴として、室温から100℃/secで420℃まで加熱後、3秒かけて470℃に到達した後60sec保持し、急冷するプログラム(図1)を作成し、環境制御型TEMホルダー内で温度模擬し、加熱中の反応について時間分解能0.334secにて取得を行った。

出典:オリジナル

応募作品
実環境で使用した7050アルミボルトの特異な破損事例

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応募部門

2.走査電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

1. 渡辺 真己, 香川大学
2. 松田 伸也, 香川大学

作品の説明

アルミ押出材は容易かつ複雑な成型を再現できるため、ボルト締結可能な構造体を成型できる。アルミ構造体は一般的にボルトおよびナットでの締結が主流であるが、これまで市場の流通性やコストメリットの観点から鋼またはステンレス製のボルトおよびナットによる締結が主流であった。しかし異種金属同士の締結はそれぞれの異なる機械的性質に起因してボルトの緩みやガルバニック腐食を誘発する。そのためアルミ製のボルトおよびナットに置き換えればこれらを解決する。ボルトの主な破損原因として、過度な締め付けによる過負荷、疲労破壊、かじり、ボルトのせん断、腐食割れが挙げられる。 ボルトの「折損」に注目すると、破損事例として、2020年に発生した山梨県の「富士急ハイランド」内のジェットコースター「ええじゃないか」でのボルト折損事故が記憶に新しい。折損したボルトはねじ谷部で破断しており、締結ボルトに繰り返しの外力が作用した疲労破壊と推定されている。アルミボルトにおいて引張やねじり破壊をさせても、いずれも「ねじ谷部」から破壊する(図1)。ゆえにボルトの折損は、材料によらず一般に「ねじ谷部からの破損」が常識である。本作品は、7050アルミボルト締結アルミフレーム構造体を実環境にて使用した際に発生したアルミボルトの破損事例である。室温25℃、湿度93~95%の環境下で、定期的に水が散布され、アルミ押出材での構造物が常に湿潤している環境であり、静的な荷重下で約1年半の使用後に発生した。構造体は、アルミ押出し材2つを取付コネクタとアルミボルトで締結している。このとき、特異な構造により、アルミボルトにはせん断荷重または曲げ荷重が作用する(図2)。また、アルミボルトは締付トルク11N・m(相当応力に換算して約300MPa)と規定しており、相当応力が0.2%耐力未満となるように強度設計する。実際は、ユーザーが組み立て作業をしており、既定のトルク値で締付されていたかは不明である。ゆえに過度な締め付けによる引張とせん断応力の組み合わせ応力も発生していたことが示唆される。注目すべき点は、7050アルミボルトにおいて「ねじ谷部」からの折損ではなく、「ねじ山部」からボルトの長手方向に対して「約45°の角度」で折損した特異な破損事例である(図3)。破損したボルトの破面のSEM観察において、一部の粒内割れが観察されたが、ほとんどは粒界割れが発生していた(図4)。破損を免れたアルミボルトの引張試験から得た引張応力-ひずみ線図(図5)において、明らかに破断ひずみや延性が低下していることが確認された。ゆえに本ボルトは明らかに脆化しており、この結果は粒界割れが支配的であることと一致する。アルミニウム合金は、水に存在する微量な不純物に極めて敏感であり、腐食を起こすことが知られている。したがって、多量の水が散布される環境下で発生した粒界型(Intergranular cracking:IG) のSCCが原因で発生した事例であると断定できる。以上の結果より、本破損事例は、アルミボルトが腐食環境により極めて脆化し、特異な締結構造体とユーザーの締め付けすぎによってアルミボルトに生じた過度なせん断応力により、45°方向に破損したことが明らかとなった。

学術的価値

古くからボルト締結構造体におけるボルトの折損は、ねじ谷部における「応力集中」が支配的で発生していた。本結果は、経験豊富な鋼やステンレス製ボルトからアルミニウム合金ボルトに変更した場合、環境や使用方法に依存して、これまでの常識を覆す破損を起こすことが明らかになったことに新規性がある。ゆえに、新しい締結構造体設計やユーザーのために広範な試験や解析や使用方法の周知徹底が重要と再認識させる結果である。

技術的価値

本事例は、これまでの締結構造体にはない特異なアルミフレームの締結方法とアルミボルトの採用により、実環境下で使用して発生した点で新規性があり、締結構造体の構造設計およびユーザーの使用の観点から新しい失敗データベースとなる。

組織写真の価値

既往のボルト折損による締結構造体の破損事例は、いずれもねじ谷部における「応力集中」が支配的で発生していた。特異なアルミフレーム締結構造体の実使用環境での使用において、アルミボルトのねじ山部からの約45°方向の脆性破壊による折損の報告事例はなく新しい失敗データベースとして新規性がある。

材料名

アルミ合金7050
組成はJIS H 4100(アルミニウム及びアルミニウム合金の押出形成)に準じている

試料作製法

室温25℃、湿度93~95%の環境下で、定期的に水が散布されアルミ押出材での構造物が常に湿潤している環境である。アルミボルトは規定締付トルク11N・mで、軸力による引張応力とねじり応力より相当応力に関すると約300MPa発生しており、ボルトの材質の0.2%耐力内である。実際は、ユーザーが組み立て作業をしており、実際11N・mで締付されていたかは不明である。アルミ押出材で構成された構造体は、4つのコネクタを介して約30Kgの積載物を積載している。

観察手法

デジタルマイクロスコープ、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)

出典:本作品はオリジナルである。

応募作品
A1050アルミニウムにおける球状α-AlFeSi相の組織3次元可視化

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応募部門

2.走査電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

1. 成田 麻未, 名古屋工業大学
2. 岩坂 彩子, 名古屋工業大学
3. 佐藤 尚, 名古屋工業大学
4. 渡辺 義見, 名古屋工業大学
5. 本居 徹也, (株)UACJ
6. 吉田 英雄, 超々ジュラルミン研究所

作品の説明

アルミニウム中に形成する金属間化合物の一つであるα-AlFeSi相について、複合ビーム加工観察装置(FIB-SEM)を用いて3次元構造を観察したものである。α-AlFeSi相の生成機構は気泡説によるものとされており、アルミニウムの凝固中に発生する水素気泡の内壁にα-AlFeSiが晶出・成長し、球状になると推定されている。図1は通常のSEM観察によって得られるα-AlFeSi相の組織写真であり、鋳造時の冷却速度を遅くすると、α-AlFeSi相のサイズが大きくなることが本研究で明らかとなった。冷却速度を空冷とした試料について、熱フェノール法により化合物を抽出した結果、図2に見られるようにα-AlFeSi相が球状形態であることが示された。図2中のα-AlFeSi相の周囲に見られる粗大な化合物はAlFe系化合物相である。FIB-SEMにより3D-SEM像を取得し、α-AlFeSi相の三次元構造を観察した結果が図3である。α-AlFeSi相は緻密な構造をとり、球状組織の内部までα-AlFeSiが成長している様子を初めて確認できた。得られた3D-SEM像を元に画像解析を行い、粒子の連結性を評価した結果が図4である。この結果より、α-AlFeSi相は複数の粒子の集合体として構成されており、水素ガスの気泡の内壁上で α-AlFeSi 粒子が不均一核生成し、α-AlFeSi相は孤立した粒子の集合体となっていることが示唆された。

学術的価値

本研究で用いたFIB-SEMの技術により、α-AlFeSi相の球状構造を詳細に観察することが実現でき、その、いわば「金属内の脳みそ」と呼べるような興味深い組織形態を示すことが出来た。α-AlFeSi相の形成機構を明らかにする上で学術的に重要なデータが得られた。また、他の化合物に対しても組織3次元可視化による新たな知見が見出される可能性があり、FIB-SEMの技術の有用性を示す重要な結果と言える。

技術的価値

鋳造時の冷却速度を変化させることで、α-AlFeSi相のサイズが変化することを見出した点。また、FIB-SEMによりα-AlFeSi相の組織3次元可視化に取組んだ例はこれまでになく、初めての試みであった点。

組織写真の価値

加工条件や撮影条件を調整し、α-AlFeSi相が確かに球状であることを3次元的に示した点。また、画像解析により粒子の連結性を示し、α-AlFeSi相は孤立した粒子の集合体となっていることを示した点。

材料名

A1050アルミニウム

試料作製法

A1050アルミニウムをアルゴン雰囲気中で溶解し、溶湯温度800℃にて、水素導入のため馬鈴薯を添加し、60秒間攪拌した。攪拌後に馬鈴薯を除去し、鋳型へ注湯し、水冷または空冷して作製した。

観察手法

得られた試料の観察面に対して、#80から#2000のエメリー紙を用いて湿式研磨を行ったのち、ダイヤモンドペーストおよびコロイダルシリカを用いてバフ研磨を行った。SEM(JSM-IT200LA)により組織観察を行い、3次元可視化の対象とするα-AlFeSi相を選定した。複合ビーム加工観察装置(FIB-SEM, JIB-4700F)によってFIB加工と撮影を繰り返し、3D-SEM像を得た。FIB加工時のスライスピッチは80 nmとした。画像解析にはAmira(Thermo Fisher Scientific)を用いた。

出典:オリジナル

応募作品
リチウムイオン電池負極材へのアルミニウム合金の適用と充放電機構の解明

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応募部門

3.透過電子顕微鏡部門

応募者・共同研究者

1. 萱沼 健太, 横浜国立大学(現:住友重機械工業(株))
2. 廣澤 渉一, 横浜国立大学

作品の説明

リチウムイオン電池(LIB)の負極では、充電時にLiが蓄えられ、放電時にLiが離脱するが、アルミニウムを負極材とした際の充放電サイクルに伴う微視的組織変化ならびに合金元素の影響については、必ずしも明らかになっていない。本研究では、Liと電気化学的に不活性なFeに着目し、99.99%アルミニウム(4NAl材)およびAl-2%Fe 合金(Al2Fe材)を、LIBの負極材として充放電サイクル試験した際の反応層の形成挙動について、様々な手法で分析・観察を行った。その結果、4NAl材の断面SEM像には、体積膨張・収縮によるクラックが散見され(Fig.1(a, b))、TOF-SIMSによるLi元素マッピング(Fig.1(c))やXRDプロファイル(Fig.1(d))、さらにFIBによって薄く切り出した反応層のTEM像(Fig.1(e, f))より、AlLiナノ結晶相が反応層として形成、成長による体積歪みをサブグレイン組織が緩和しきれずに、反応層が粉砕、電池性能が劣化することがわかった。一方、Al2Fe材の断面SEM組織には、試料の表面側に目立ったクラックは観察されず、Fe系化合物相が存在しない反応層が新たに形成することが明らかになった(Fig.2(a, b))。そのため、Al2Fe材の電池性能の向上は、分散しているAl-Fe系化合物相が、AlLiナノ結晶相の形成に伴う体積膨張を緩和するためと考えられ(Fig.2(c, d))、自動車向けの鋳物・ダイカストの需要減少によって余剰となるアルミニウム二次地金の新たな適用先として、LIB負極材が有望視される結果となった。

学術的価値

LIBは、輸送や再生可能エネルギーの分野において重要なエネルギー貯蔵装置であり、さらなる高容量化が求められている。本研究では、現在使用されている黒鉛に代わる負極材の候補として、高容量かつ軽量、安価で、電子を輸送する集電体の役割も兼ねられるAl2Fe材の有用性を初めて示し、不純物の鉄を多く含むアルミニウム二次地金の新たな適用先を開拓した。

技術的価値

TOF-SIMSによるLi元素マッピングや大気非暴露下でのXRD分析、FIBを用いたAlLiナノ結晶相からなる反応層の薄膜化、TEMによる反応層ならびに未反応層の局所観察など、様々な分析・観察手法を相補的に組み合わせることで、アルミニウムを負極材としたLIBの充放電サイクルに伴う微視的組織変化を多角的に検証・解明することに成功した。

組織写真の価値

様々な分析・観察手法を組み合わせ、①様々な結晶方位からなるAlLiナノ結晶相がLiを蓄える反応層として形成すること(Fig.1(e, f))、②Li原子が拡散した結果、未反応層中にマイクロボイドが形成すること(Fig.1(g))、③Fe系化合物相が存在しない反応層が新たに形成し、AlLiナノ結晶相による体積膨張を緩和すること(Fig.2(a, b))を初めて明らかにした。

材料名

99.99% アルミニウム圧延材(4NAl材)およびAl-2%Fe 合金焼なまし材(Al2Fe材)

試料作製法

4NAl材およびAl2Fe材をΦ14mm、厚さ100μmのディスク状に切り出し、負極材としてコイン型のLIB内に据え付けた。その後、定電流-定電圧充電、定電流放電、電池電圧3.0-4.2Vで充放電サイクル試験を10サイクル行い、試験後の両試料についてSEMによる試料断面の観察、TOF-SIMSによるLi元素の検出、XRD分析による化合物相の同定、FIB加工による薄膜作成、TEMによるAlLi化合物相の観察を行った。

観察手法

走査型電子顕微鏡観察(JSM7001F,日本電子)、飛行時間型2次イオン質量分析(TOF.SIMS5,ION-TOF GmbH)、X線回折(SmartLab,リガク)、集束イオンビーム加工(Crossbeam 550,カールツァイス)、透過型電子顕微鏡観察(JEM2100F,日本電子)

出典:Kenta Kayanuma, Shoichi Hirosawa: Scripta Materialia, 234(2023), 115504.

応募作品
KFM(ケルビンフォース顕微鏡)を用いたパーライト・ラメラー構造の電位分布測定

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応募部門

4.顕微鏡関連部門

応募者・共同研究者

1. 足定 佑佳, 九州大学
2. 森川 龍哉, 九州大学
3. 山﨑 重人, 九州大学
4. 田中 將己, 九州大学
5. 嶋村 純二, JFEスチール(株)

作品の説明

材料の強度が上昇すると硫化物応力割れ(Sulfide stress cracking:SSC)感受性が高くなる。このSSCの発生に先行して、試料表面にピットと呼ばれる腐食孔が発生することが知られている。腐食孔は表面の局部電池化によるアノード溶解によって生じると考えられるが、鉄鋼材料における表面電位の分布は明らかでない。そこで、本研究ではパーライト鋼がSSCを起こす際に亀裂発生の起点となる優先腐食箇所を明らかとするために、フルパーライト鋼における試料表面電位に着目し、ケルビンフォース顕微鏡(KFM)法を用いて試料表面の電位分布と組織の関係を明らかにした。KFMを用いて測定される電位分布の正しさを検証するために、フルパーライト鋼での観察に先立ってCu-Alクラッド材における界面近傍の観察も行った。なお、KFMマップで高い電位として表示されている領域は、腐食電位では卑の領域に対応する。図3にリファレンスとして用いたCu-Alクラッド材におけるCu-Al界面近傍での電位マップを示す。界面を挟んで明確に電位差が現れ、Al側で KFM電位が高くなっており、Cuと比較してAlが卑の腐食電位を持つ事と良く対応している。図1にフルパーライト鋼における80µm四方でのKFMマップを示す。このような広範囲での電位マップにより、コロニーのサイズを単位としたマクロな電位分布が存在することが明らかとなった。図2(a)、(b)に図1中に四角で囲った領域のKFMマップと高さマップを示す。また、図4には図2中の赤線で示した領域の電位および高さのプロファイルを示す。高さ像よりせり出しているセメンタイトの領域でKFMで測定される電位が低く、フェライトに対してセメンタイトが貴の腐食電位を持つ事が分かる。このように、ミクロにはセメンタイトとフェライトラメラー間で電位差があることも実証した。

学術的価値

材料内に生じる局部電池化は、金属の応力腐食割れにも影響を及ぼす事が予想されるため、その分布を明らかにする事は極めて重要である。本研究は、パーライト鋼における電位のマクロ分布がコロニー単位である事、ミクロにはセメンタイトとフェライトラメラー単位である事を明らかにした。このマクロ・ミクロの異なるスケールで見られ局部電池化は、パーライト鋼における腐食ピット形成過程の解明を進める上で重要な知見となる。

技術的価値

通常AFMの観察可能最大視野は20µm四方程度であり、マクロな分布を観察するには困難が伴う。本観察では、広範囲移動可能なステージを作製することで金属材料における電位分布を80µm四方に渡る広範囲で1視野に収めた点に技術的新規性がある。

組織写真の価値

本組織写真では、金属材料における局部電位分布を80µm四方にも及ぶ広い領域を1枚のマップの中に捉え、マクロな電位分布の不均質を捉えた点にまず価値がある。それに加えて、ミクロにはフェライトとセメンタイトの間に生じる組織に対応した微小な電位差を明確に測定している点にも価値がある。

材料名

フルパーライト鋼および銅―アルミクラッド材

試料作製法

試料サイズは、3mm(t)×6mm(w)×20mm(l)のフルパーライト鋼の測定面を耐水研磨紙で研磨した後、コロイダルシリカを用いて鏡面研磨を行った。更に、イオンポリッシャーを用いて表面に残存するコロイダルシリカの微粉を加速電圧4kVにて3分間行った。

観察手法

SHIMADZU製SPM-9700HTを用いてKFMモードで観察を行った。スキャン速度は0.3Hzで512×512pixelで電位マップの取得を行った。なお、試料には5.0Vのバイアス電圧を付与した。KFMは、導電性のカンチレバーを強制振動させて交流電圧を印加することで、試料の凹凸および表面電位を計測・画像化できる顕微鏡法である。凹凸の計測は、周波数f1で探針を振動させて試料と接近させ、生じた原子間力による探針のたわみをレーザー光の反射により検出し試料表面の形状を得る。表面電位の計測は、探針に周波数f2で交流電圧を印加して試料と短絡させ、探針-試料間に働く静電気力のうち、短絡により生じた接触電位差VSに起因する表面誘起電荷が交流電場によって受ける成分が零になるよう直流電圧VDCをフィードバック制御し、VS=VDCとするための電位を測定する。なお、KFMマップで高い電位として表示されているところは、腐食電位では卑に対応する。

出典:オリジナル

応募作品
X線マルチモーダル計測法を用いた加工誘起オーステナイト変態挙動の3D/4D解析

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応募部門

4.顕微鏡関連部門

応募者・共同研究者

1. 戸田 裕之, 九州大学
2. 平山 恭介, 京都大学
3. 古賀 智遥, 九州大学(現:日本製鉄(株))
4. 竹内 晃久, JASRI
5. 上椙 真之, JASRI
6. 石川 恭平, 日本製鉄(株)

作品の説明

TRIP(Transformation-induced plasticity)鋼は、オーステナイト相の加工誘起変態挙動を利用し強度と延性の両立を達成した鋼である。優れた強度・延性バランスを得るには、加工誘起変態が変形中の適切なタイミングで生じる必要があり、これにはオーステナイト相の安定性が深く関わる。オーステナイト相の安定性に寄与する因子として、オーステナイト粒の結晶方位、形状、粒径や周囲組織からの拘束状態などが報告されている。オーステナイト相の変態挙動のその場観察に用いられるX線回折や中性子回折では、各相の平均歪みや変態挙動の評価が行われるが、個々の結晶粒の変態挙動は知り得ない。これらの問題点を解決し、材料内部ミクロ組織を連続的に可視化する手法として、シンクロトロン放射光X線ナノトモグラフィーと細束X線回折を同時利用したマルチモーダル計測法を用いる。これにより個々のオーステナイト粒の形状、分布に加え結晶学的情報を非破壊で取得できる。本研究では、引張試験にX線マルチモーダル計測法を適用し、TRIP鋼の加工誘起変態の時間発展挙動を可視化し、結晶方位、形状、粒径、転位密度や周囲組織と個々のオーステナイト粒の変態挙動との関係性を評価した。 図(a)はX線ナノトモグラフィーで可視化したTRIP鋼中のオーステナイト相を3次元(3D)再構成した結果であり、試験片内部の個々の結晶粒の3D的な形状、分布に加え結晶方位も非破壊で観察している。個々の結晶粒の色は、細束X線回折の解析をもとに特定した結晶方位を示している。そして、同試料に対し引張試験のその場観察を行うことで、個々のオーステナイト粒の変態挙動を4D観察することに成功した。これにより、変態の開始や終了、変態速度が個々の結晶粒で異なることが明らかとなった。また同時に取得したX線回折スポットを用いた解析により、それぞれの結晶粒中の初期転位密度や転位密度の増加を定量的に評価することに成功した。図(b)から分かるように、個々の結晶粒で大きく異なる初期転位密度を有することや、転位密度の増加率も大きく異なることが明らかとなった。変態挙動に対する転位密度との関係を評価すると、図(c)から分かるように、転位密度の増加率(Δρ/Δε)が高くなると変態速度(ΔV/Δε)の増加が顕著になることが明らかとなった。

学術的価値

TRIP鋼中の微細なオーステナイト粒の3D的な分布、形状に加え、個々の結晶粒の結晶方位を同時に可視化した。また、相変態に対する局所的な形状のいびつさや結晶学的因子の影響を定量的に明らかにした。本研究で用いたマルチモーダル計測の適用により、局所的な変態挙動と力学特性との関係の真の理解が可能となる。そして、ミクロ組織設計による最適化も可能となり、既存材料の力学特性を極大化できると考える。

技術的価値

これまでそれぞれを個別でしか行うことができなかったX線ナノトモグラフィーと細束X線回折を、同時適用するX線マルチモーダル計測を実現した。この計測法を駆使し、引張試験のその場観察を行うことで、オーステナイト相の変態挙動の4D観察に加え、様々な3D的な因子(組織形態、周囲組織との相互作用、結晶方位や転位密度など)が変態挙動に与える影響の評価が可能となった。

組織写真の価値

TRIP鋼中の微細なオーステナイト粒の歪な形状や分布を超高分解能(150nm)で3D可視化し、同時に個々の結晶粒の結晶方位を非破壊で明らかにした点。その上で、同試料の引張試験中の加工誘起変態挙動と結晶方位変化を直接観察した点。

材料名

Fe-C-Mn-Si系TRIP鋼

試料作製法

圧延材から、標点間部断面が1.4×1.4mm2程度の引張試験片を切り出した。その後、試験片標点間部が約100μmの円柱形状となるまで電解研磨を行った。試料作製中や試験機取り付けの際に試料の変形およびそれに伴うオーステナイト組織の変態を防ぐため、試験片には補強治具を取り付けた。

観察手法

本研究は、放射光用いたX線ナノトモグラフィーと、3μm程度まで細く集光したX線をラスタースキャンする細束X線回折トモグラフィーを組み合わせたX線マルチモーダル計測技術を用いた。放射光実験は、大型放射光施設SPring-8のBL20XUにて実施した。X線ナノトモグラフィーにより、φ60µm×52µmの範囲の存在するオーステナイト相を高分解3D可視化した。また、同範囲を集光した細束X線を用いラスタースキャン(スキャン間隔:3µm)し、局所位置でのX線回折スポットを得た。そして、回折スポットの情報(回折角・試料の回転角・方位角・X線の波長)を用い、個々の結晶粒における散乱ベクトルを算出した。得られた散乱ベクトルの組み合わせから結晶粒の方位として決定した。また、異なる回折面の回折スポットのピークの半値幅を計測し、Williamson-Hall法を用いることで結晶粒の転位密度を算出した。

出典:オリジナル

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