日本金属学会

金属組織写真賞作品

3-3

応募部門 3.透過電子顕微鏡部門(STEM、分析等を含む)
題目 リチウムイオン二次電池におけるシリコン負極に生じる充放電反応組織のex-situ観察
作品の説明 電気自動車や携帯機器向けのリチウムイオン電池開発が世界的に旺盛であり、Liを収蔵する高容量負極材の活用は必須とされ実用化のための基礎研究が望まれている。本研究では、リチウムイオン二次電池用の高容量次世代負極材料として期待されるSiと電解液の界面に、主に充電時に形成される被膜(SEI:Solid electrolyte interphase)について、大気非暴露下で電子顕微鏡観察により観察し考察した。リチウムイオン電池は水分や酸素との反応が著しく、特に充電状態の構造を観察するには大気非暴露下での取り扱いが必須である。作品は、Si単結晶粒子を用いて試作した電池およびSi単結晶薄膜(TEM観察試料)に直接充放電処理を行い生成したSEIについて、大気非暴露下でのSEM観察、TEM観察およびSTEM-EELS観察で、SEIが主にLi2Oで構成されている事を示した写真である。図1に試作した実電池(コイン型)と充放電曲線、および充電率の異なるSi粒子の状態変化をSEM観察した結果を示す。図1(d)に示す様に充電によりSi表面にはSEIの形成と内部にはLi侵入痕が観察され、放電後はそれらが減少し、放電によりLiがSi内部から脱離している事がわかる。図2に充電率40%(State of charge:SOC40%)のSi負極についてTEM観察によりSi内部のLi化による構造変化を調べた結果を示す。観察試料はFIB加工により作製した。図2(a)に示す矢印はLi侵入痕であり図2(b)からわかるように非晶質化している。図2(e)は反応界面の高分解能BF-STEM像であり、矢印で示すようにa-LixSiとc-Siの界面において(1-1-1)が1原子層でステップ(レッジ構造)を形成している。Siの{111}面は他の結晶面と比較して表面エネルギーが低く、へき開しやすいため、図2(f)の模式図に示すように、LiはSi結晶のTetrahedral siteに侵入し、図中に矢印で示すようにzigzag chainを切るように{111}間のSi結晶の結合を切る事で結晶構造が壊れて非晶質化が進行して界面移動すると考えられる。図3は充電率40%、および放電後のSi粒子のSEIについてSTEM-EELS観察・分析を行った結果であり、充電後は図3(a)よりSEIの厚さは約1µmでありSTEM-EELSマップおよびEELスペクトルからSEIはLi2Oであること、そして放電後にSi内部のLi侵入痕は図2(b)と比較して細くなりLiの脱離が認められた。SEIは約200nmであり、充電時(SOC40%)と比較して1/5程度まで減少するものの残存しており、これが不可逆容量の原因となる。SEIはFIB加工によるダメージを受ける可能性も示唆される。そこで、Si単結晶薄膜(TEM試料)についてセルを用いて直接充放電を行い、充電前後の組織観察・分析を行い、FIB加工によるSEIへのダメージを払拭してSEIの形状と構成物質を調べた。図4にセルの外観とその内部構造および充放電曲線を示す。図5に充放電後のTEM観察およびEELS分析結果を示す。充電前と比較して充電後は数十nmのSEI粒子がSi負極表面に凝集し、SEIが実電池の結果と同様に、SEIは主にLi2Oであることが明らかとなった。以上の結果から、いずれの充電方法による反応においても、Si負極界面近傍(Si直上)にはLi2Oが生成しており、充電反応において生成されるSEIは主にLi2Oであることが明らかとなった。
学術的価値 充電時のSi負極内部のLi化に起因する非晶質化ついて、原子レベルで電気化学的な固相反応を明らかにした。さらに、電池の性能、寿命や安全性に重要なSEIの構成物質が主にLi2Oである事や、充放電による形状変化を明示した。Si負極のSEI形成に実電池を用いた電子顕微鏡観察・分析には報告例がない。実験手法によるSEIの物質同定や生成位置と形状の明示は、計算科学によるSEI形成機構の構築に重要な知見となる。
技術的価値 充電状態の負極は大気中の水分や酸素との反応が著しく、電池を解体してから観察・分析までに大気非暴露下での取り扱いが必須である。試料作製から観察までの専用治具を作製し、一連の作業を不活性雰囲気下で適切に取り扱う事で実現できた。さらに、SEIについては、FIB加工によるダメージにも配慮し、Si単結晶をイオンミリングで薄膜化したTEM試料にセル内で直接充電処理を行い、その形状と生成物質の同定を行った。
組織写真の価値 充放電状態におけるSi単結晶粒子の内部と表面のLi化による組織観察を実現した。Li化に起因する非晶質化の高分解能STEM観察により、電気化学反応による固相反応を原子レベルで明らかにした。また、STEM-EELSによるSi単結晶粒子のLi分布を可視化した。SEIについては、セル内での充電反応において、充電前後の比較観察を行い、その生成箇所、形状と構成物質を実電池のSi負極と比較して明らかにした。
材料名 リチウムイオン電池の充放電状態におけるSi単結晶負極
試料作製法 負極材料として、Si単結晶粉末:アセチレンブラック:ポリフッ化ビニリデン=80:10:10 wt.%を用いて厚さ20μmの集電金属箔(Cu箔)に塗布し、乾燥後にプレスして電極とした。Si単結晶粉末は平均粒子径が10μmの粒子を用い、電極としての塗工量は単位面積あたり2.1mg/cm2とした。負極材料のみを評価することから、正極物質の影響を排除するため対極(正極)にはLi金属箔を使い、厚さ20μmのポリエチレン製セパレータを用いて2次電池構造とした。電極はφ16mmに打ち抜き、これらを用いてコイン型電池(図1(a))を作製した。電解液はEthylene carbonateとDiethyl carbonateを体積比で1:1の溶媒に対し1mol/LのLiPF6の電解質を混合して使用した。充電処理と解体Si粒子に対してLiの挿入・脱離状態を任意の充電率(SOC:State of charge)で観察して分析した。Siの理論容量値を4.2Ah/gとして充放電装置によりSOCを調整した。充放電装置はIvium社製 Compact Statを使用した。充電状態の違いをSEM観察するためSOC40%の電池、および放電処理した電池も準備した。充電後のコイン型電池を高純度Arガスで十分に置換したグローブボックス内で解体した。グローブボックス内の環境は露点温度-80℃以下および酸素濃度1ppm以下を維持した。コイン型電池は充電後または放電後に速やかにグローブボックス中で解体し、分離した負極のみを採取してから清浄なDimethyl carbonateにより電解質を十分に洗浄し乾燥してから分析に供した。セル内での充電処理SEIはFIBでのTEM観察用の薄膜試料作製におけるイオンビーム照射により変質が懸念されることから、Si負極について薄膜化後に充電を行いSEIを観察した。作製した電極膜(Si負極膜)の一部をφ3mmに打ち抜き、Arイオンミリング装置(GATAN社製 Dual Ion Mill 600)を用いて照射角度12°試料回転5rpm、加速電圧4.0kV、ビーム電流0.4mAにて液体窒素冷却下で薄膜加工した。薄膜化したSi負極膜について充電前にTEM観察した後に充電処理を行い、その後に充電前と同位置についてTEM観察し、充電後に形成したSEIを調べた。
観察手法 SEM観察 グローブボックス内で解体後に、洗浄した負極の断面をFE-SEM(日立ハイテクノロジーズ社製 S-4800)により観察した。断面観察試料はイオンミリング装置(日立ハイテクノロジーズ社製 IM4000)を用いて作製した。グローブボックスからイオンミリング装置への移送は専用のトランスファベッセルを用いた。この治具は試料周囲の不活性雰囲気や真空を維持できる密閉構造を持ち、一貫して大気に曝さずに装置間を移送する事が可能である。同様の治具を用いてSEMへの移送も行った。充電後の負極は特に大気との反応が顕著であり、時間経過ととともに変質が懸念されるため、解体してからSEM観察まで一連の作業は迅速に連続して行った。なお、イオンミリングは加速電圧4.0kV、ビーム電流0.2mAで行った。TEM、STEM観察およびEELS分析 SEM観察したSOC40%および、その後に放電処理した負極中のSi粒子について断面を200kVの加速電圧でTEM、STEM(日本電子社製 ARM200F)観察およびEELS(GATAN社製 Enfinium)分析を行った。SEM観察と同様にグローブボックス内で電池を解体し、洗浄、乾燥した負極についてFIB用のトランスファベッセルを用いてFIB(FEI社製 VERSA 3D)に移送しTEM観察用薄膜を作製した。FIBによる薄膜作製条件は、薄膜厚さ500nmまでは加速電圧30kV、ビーム電流約30nAとし、段階的にビーム電流を落としてビーム径を絞り、200nm以下からは加速電圧10kV、ビーム電流を数pAまで落として加工した。TEM装置へはFIB装置からそのまま大気非曝露雰囲気を維持して移送できないため、FIB装置から一度グローブボックスを介して大気非曝露ホルダにセットした。セルで充電したSi負極単結晶薄膜の観察作製したTEM観察用の薄膜について重量を測定し、SOC20%まで充電処理してからTEM観察を行った。充電によりSi粒子が膨張して薄膜状態を維持できないことが懸念されることからSOC20%までとした。電池を解体してからTEM装置への移送は上記と同様にグローブボックス内で大気に触れないように行った。なお、200kVにおけるTEM観察にて、Li2Oは電子線照射により120秒で変質(恐らく還元)したため、SEIが変質しないと判断した60秒以内で観察を行った。
出典 日本金属学会誌(84巻 12号(2020年)に掲載予定) 「リチウムイオン二次電池におけるシリコン負極の充放電反応により生成する固体電解質界面膜の大気非暴露電子顕微鏡観察」 島内 優、池本 祥、大森 滋和、糸井 貴臣 より出典
応募者・共同研究者 1. 島内 優、JFEテクノリサーチ(株)
2. 池本 祥、JFEテクノリサーチ(株)
3. 大森 滋和、JFEテクノリサーチ(株)
4. 糸井 貴臣、千葉大学大学院工学研究院
©日本金属学会
無断複製・転載を禁止します。



〒980-8544 仙台市青葉区一番町1-14-32
(公社)日本金属学会 金属組織写真賞委員会
TEL 022-223-3685 E-mail: award[at]jim.or.jp ※[at]は@に置き換えて下さい。

入会・会員

ページトップへ