日本金属学会

金属組織写真賞作品

2-1

応募部門 2.走査電子顕微鏡部門(分析, EBSD等を含む)
題目 入射電子エネルギー1 eVでのSEM観察による複相鋼組織の分離可視化
作品の説明 近年、自動車用鋼板において、衝突安全性向上と車体軽量化を目的とした高強度化が進み、それによって生じるプレス加工時の割れ等の問題を防ぐため、強度と延性の両立が求められている。その結果、自動車用鋼板の組織は、複相化と微細化が進んで非常に複雑化し、エッチング等で浮き立たせた組織を走査電子顕微鏡(SEM)法で観察する、従来の方法で組織解析することが困難になってきている。  従来のSEMによる組織観察では、エッチングした鉄鋼材料を入射電子エネルギー10 keV以上で観察して、表面形状から相や組織を識別してきた。また、近年は低エネルギーで観察することも一般化しており、入射電子エネルギーを数keVまで下げると、試料内の電子の広がりが抑えられ、エッチングによる微細な形状の高空間分解能観察が可能になることが知られている。しかしながら、いずれにせよ鉄鋼組織中の各相を、形状以外の情報から識別することはできないため、複雑な組織の識別には限界がある。これに対し、入射電子エネルギーをさらに低下させて数eV以下にすると、信号電子は試料の電子構造に敏感になり、従来にない新しいコントラストを得ることが可能となる。今回、我々は、これまで誰も手掛けてこなかった、数eV以下の超低エネルギー域に着目し、実材料への応用を検討した。  本研究では、試料に入射電子の加速電圧と同程度のバイアス電圧をかけることによって、試料手前で入射電子を1 eVまで減速してSEM像を撮影することにより、複相鋼中の各相を分離可視化した(図(a))。図(b)は、電子線後方散乱回折法(EBSD)の相マップとImage Qualityマップの重ね合わせマップであり、赤の領域がフェライト相(F)、緑の領域がオーステナイト相(A)、赤黒い領域がマルテンサイト相(M)に対応する。図(c)に示した入射電子エネルギー1 keVのSEM像が、従来の観察手法に相当するもので、結晶粒内のコントラストは一様で、電解研磨によって生じたエッジ部分が明るく観察されたのみで、各相を識別することはできていないことがわかる。図(d)に示すように、さらにエネルギーを低下させて2 eVにしても、SEM像のコントラストは一様で、各相を識別することはできなかった。しかし、図(a)に示すように、入射電子エネルギーを1 eVにすると、オーステナイト相が最も明るく、次いでマルテンサイト相、フェライト相が最も暗く観察された。各相がこのような明るさの順に観察された理由は、試料内の異なる組織の仕事関数の違いに起因した、わずかな表面電位差によって電子反射量が変化したため[1]と考えられる。この明るさの順は低速電子顕微鏡法(LEEM)によって測定した各相の表面電位[1]とよく一致した。入射電子エネルギーを2 eVにすると(図(d))、入射電子が各相の表面電位のエネルギー障壁を上回り、試料全面に到達できるようになり、試料から反射される入射電子がなくなってコントラストが大幅に低下したため、各相を識別できなくなった[1]と考えられる。  以上ように、入射電子エネルギー1 eVで複相鋼組織をSEM観察して明らかになった各相のサイズと分布から、複相鋼の組織を最適化し、新規複相鋼の設計に役立てることができた。この手法は、試料の仕事関数の違いに基づいているため、鉄鋼材料の組織観察のみならず、これまで通常のSEMで識別することが困難であった材料の組織観察に応用できると期待される。
学術的価値 近年、SEM分野において、入射電子の低エネルギー化と複数検出器によって、目的のコントラストを強調して観察する手法が盛んだが、100 eV以下で実材料を観察した例はほとんどなかった。本研究では、1 eVで複相鋼中の各相を識別できることを示し、さらに新規コントラストの発現機構を明らかにし、本手法の有用性と他材料への展開が可能であることを示した。
技術的価値 本手法では、試料に入射電子の加速電圧と同程度の電圧をかけて入射電子を減速した。その際、試料とポールピース間に均一な電場形成が必要であるため、鋼片試料を機械研磨と電解研磨により平滑化した。また、この強い電場によって信号電子が光軸に集まり、通常の検出器では検出できないため、作動距離を長くした上で、試料から離れた位置にある検出器を用いることで、数eV以下のSEM像をはじめて撮影することができた。
組織写真の価値 本研究では、入射電子エネルギーを極限まで低下させて1 eVで複相鋼組織をSEM観察し、従来はエッチング後の表面形状をSEM観察して判別してきた複相鋼組織中の3相を、SEMで一度に識別できることを示した。本手法は、入射電子が各相の表面電位の違いによって反射されるか、試料に到達できるかという原理に基づくため、各相を高いコントラストで識別することができる。
材料名 熱処理により作製したフェライト相、オーステナイト相、マルテンサイト相からなる複相鋼
試料作製法 上記試料を1cm角の小片に切断し、観察表面をコロイダルシリカ仕上げで機械研磨し、さらに電解研磨した。
観察手法 -4000 Vの負バイアスをかけた試料に、加速電圧4001 V、または4002 Vの電子を入射し、入射電子を試料手前で1 eV、または2 eVまで減速させて、電子カラム内の対物レンズ絞り手前に設置した環状検出器でSEM像を撮影した。その後、試料バイアスを-4000 Vに保ったまま入射電子の加速電圧を5 kVにして、同じ視野のSEM像を入射電子エネルギー1 keVで撮影した。さらに、試料バイアスをオフにして、入射電子エネルギー15 keVでEBSDの相マップとImage Qualityマップを測定した。これらの像と1 eVで撮影したSEM像を比較した。
出典 オリジナル作品 参考文献 [1] T. Aoyama et al.: Ultramicroscopy, 204 (2019) 1-5.
応募者・共同研究者 1. 青山 朋弘, JFEスチール(株)スチール研究所
2. シャルカ ミクメコバ, JFEスチール(株)スチール研究所 (現 ISI of the CAS)
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