日本金属学会

金属組織写真賞作品

3-5

応募部門 3.透過電子顕微鏡部門(STEM, 分析等を含む)
題目 高精度位相シフト電子線ホログラフィーによるn型GaNのドーパント濃度分布
作品の説明 電子線ホログラフィーは,透過電子顕微鏡(TEM)を用いた位相計測法であり,半導体のドーパント濃度分布を直接的に観察できる優れた手法である.本研究では,高い空間分解能で,かつ,高精度の位相計測が可能な「位相シフト電子線ホログラフィー」を用いて,n型窒化ガリウム(n-GaN)内部のドーパント濃度分布をクリアに観察することに成功した. 図1に,本実験の模式図を示す.位相シフト電子線ホログラフィーで高い位相計測精度を得るために,電子線バイプリズム-2と-3を用いて,フレネル縞が重畳しない 一様な電子波干渉縞(ホログラム)を撮影できるレンズ条件を採用した.また,位相シフト再生法で高精度の位相像を得るため,照射系に搭載した電子線バイプリズム-1を用いて入射電子波を高い精度で傾斜し,干渉縞のみを精密にシフトさせた50枚のホログラムを撮影した. 観察に用いたn-GaN試料の模式図を,図2(a)に示す.ドーパント(Si)の濃度を一桁ずつ変化させたモデルサンプルを作製した.ドーパント濃度は,それぞれ5 x 1019, 5 x 1018, 5 x 1017, 5 x 1016 atoms/cm3である.図2(b)に断面TEM像およびSIMSで計測した1次元のドーパント濃度分布を示す.冷却FIBを用いたため,歪みや異物の無い極めて綺麗なTEM試料であることがわかる.図2(c)に,撮影したホログラムを示す.ドーパント濃度が変化している各層の界面で,若干,縞が曲がっていることがわかる.50枚のホログラムを用いて,位相シフト再生法で再生した位相像を,図2(d)に示す.1019, 1018, 1017, 1016 atoms/cm3の層すべてがクリアに観察できていることがわかる.図2(e)に,1次元の位相プロファイルを示す.各層の界面において,位相が急峻に変化している幅(図2(e)の"width")が,低ドーパント濃度になる程,拡がっていることがわかる.これは,界面における空乏層の変化が見えており,半導体の計算機シミュレーションと一致した. 以上のような高精度な位相計測は,フーリエ変換再生法を用いた従来の電子線ホログラフィーでは不可能であり(空間分解能と位相計測精度が原理的にトレードオフの関係にあるため),3本の電子線バイプリズムを用いた位相シフト電子線ホログラフィー技術と冷却FIBによるTEM試料作製技術により成功したと言える
学術的価値 高性能な半導体デバイスの設計において,ドーパントの濃度やその分布を評価することは最重要課題である.特に,GaNは,SiやGaAs等と比べてキャリアが発生しにくいことから電子線ホログラフィーで検出するのはより難しくなる.しかし,本研究の計測技術で、ドーパント濃度すべてにおいて観察可能であることを実証したことは学術的に大きな価値を持ち,次世代GaNデバイスの研究開発を大きく加速させる.
技術的価値 3本の電子線バイプリズムを用いた高精度位相シフト電子線ホログラフィーに加えて,冷却FIBによるTEM試料作製技術を用いたことで,図2のような極めてクリアなドーパント濃度分布を観察することに成功した.この観察技術を確立したことは,GaNだけでなく,次々世代の半導体であるGa2O3やその他の化合物半導体,有機半導体にも応用展開可能であり,技術的価値は高いと考える.
組織写真の価値 図2(d)からわかるように,1019~1016 atoms/cm3のすべてのドーパント濃度において,クリアに観察できており,この写真から得られた情報をリファレンスにすることで,未知のドーパント濃度を持つ複雑なGaNデバイスにおいてもドーパント濃度やその分布を評価でき,デバイスのプロセスに精度の高い情報をフィードバックできるため,価値のある写真と言える.
材料名 Metal-Organic Chemical-Vapor Deposition (MOCVD)法により,単結晶GaN基板上に成膜したn型GaNモデルサンプル.Si ドーパントの濃度を5 x 1019, 5 x 1018, 5 x 1017, 5 x 1016 atoms/cm3に変化させたサンプルである(図2(b) SIMSによるドーパント濃度分布参照).
試料作製法 高精度の位相像を得るためには,歪みやダメージ層,異物を極力抑制したTEM試料が必要となる。本研究では,冷却FIB(試料温度:130 K)を用いて薄片化した.FIBの加速電圧は,40 kV, 10 kV, 5 kVで仕上げた.TEM試料の厚さは,350 nm.FIB装置として、日立ハイテク製NB-5000を用いた.
観察手法 高い空間分解能で高精度の位相計測が可能な「位相シフト電子線ホログラフィー」を用いた.この手法は,通常の電子線ホログラフィーと比べて,10倍以上の空間分解能と3倍以上の位相計測精度が得られる.本研究では,図1の電子線バイプリズム-2と-3を用いてフレネル縞の無い干渉縞を形成し,電子線バイプリズム-1を用いて高精度に縞のみをシフトさせた50枚のホログラムを撮影し,位相シフト再生法を用いて位相像を再生した.空間分解能は1.8 nm.位相計測精度は0.02 radであった.
出典 K. Yamamoto, K. Nakano, A. Tanaka, Y. Honda, Y. Ando, M. Ogura, M. Matsumoto, S. Anada, Y. Ishikawa, H. Amano, T. Hirayama, Microscopy 69, 1-10 (2020)
応募者・共同研究者 1. 山本和生, ファインセラミックスセンター
2. 仲野靖孝, ファインセラミックスセンター
3. 松本実子, ファインセラミックスセンター
4. 穴田智史, ファインセラミックスセンター
5. 石川由加里, ファインセラミックスセンター
6. 平山司, ファインセラミックスセンター
7. 田中敦之, 名古屋大学
8. 本田善央, 名古屋大学
9. 安藤悠人, 名古屋大学
10. 小倉昌也, 名古屋大学
11. 天野浩, 名古屋大学
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