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- 金属研究にかける夢
金属の幅広い特性を活かして、人の役に立つ材料をつくりたいと思っています。そのためには材料の開発だけでなく、金属の特性への理解と深掘りが不可欠だと思っています。金属は変幻自在なところが興味深く、硬いのに、温めたり、冷やしたり、叩いたり、他のものと混ぜたりすると、驚くほど性質が変化したりします。けれども、一旦出来てしまえば、基本的に永続的にその姿、性質が維持されます。柔軟性があるのに、全く変化せず安定性が高く、そしてピカピカした美しい材料であるということが、私にとっては魅力的な研究対象です。
白い金属で効率的に歯の色に近づける
名古屋工業大学から東北大学大学院工学研究科に進学した際には高温材料の研究をしていましたが、その後、ご縁あって歯学部の助手の職に就いたことにより、歯科材料の研究に携わり、生体材料としての金属を研究するようになりました。
現在、「白い金属」としてチタン合金のTiO2コーティングの研究開発を進めております。チタンの酸化膜が白いことを利用し、インプラントなどの歯科材料に応用できる材料の研究を行なっています。もともとは助手として歯学部に在籍していた時に、歯科医の先生から言われたことがきっかけになっています。その時に言われたのは「金属はとても優秀な歯科材料だけど、金属の色が歯の色と違いすぎる。白かったら、もっといいのに。」といった内容でした。その時には、(そんな金属は存在しない)と思っていたわけです。実際、純チタンの酸化物であるTiO2は白の顔料として使われていますし、体に安全な物質ですが、脆くて剥がれやすいため、粉末の状態で使用します。ところが数年後、チタン合金の研究者から、合金なら白く、剥がれにくくて丈夫な酸化膜が出来るできることを教えていただき、これは「白い金属」に使えるんじゃ無いか、となりました。この二つの出来事がつながって、歯科材料に適した白い金属の研究を進めています。
チタンの表面にはもともと不動態皮膜という薄い酸化膜ができているのですが、この酸化膜を熱、電解、大気圧プラズマなどで処理すると、酸化膜が厚くなり白く変化します。用途に応じていずれかの方法でチタンの表面を白色化させ、その上に歯科材料のセラミックスを被せていく方法でよりインプラントなどの製作工程を効率化することができると考えております。
人工歯の作り方は色々ありますが、歯科技工士が手作業で金合金やチタンにセラミックスを何層も重ねて製作するものがあります。他の自分の歯と同じ歯の色調や質感を出すために、金属地の上に何層もセラミックスを重ねて都度焼き固めていきます。1つの義歯を作るのに、セラミックスを焼き固める作業を約4、5回以上行います。この工程の最初は、セラミックスによって金属地の色を隠す目的で不透明な白色度の高いセラミックスを載せますが、最後は透け感のあるセラミックスを使って本当の歯のように仕上げていきます。最初から金属地が白色であれば、このセラミックスを焼き固める工程を数回でも減らすことができるでしょう。
医療に関わる材料は認可までの膨大な時間がかかるため、実際にこれを産業化するにはまだまだ長い道のりがありますが、研究者として、人に役立つものづくり、そして実際に使われる材料をつくりたいと思っています。
生体材料の摩耗と腐食の関係性
また、生体材料が体内でどのように摩耗したり、腐食したりするのかを解明するため、人工体液中でチタンやマグネシウムを摩耗させ、腐食と摩耗の相互作用を解析しています。現在、生体材料として金属が多く使われていますが、これらの材料がさらに進化すれば、劣化した生体材料を取り替える手術を減らしたり、摩耗によって発生した金属粉が人体に悪影響を及ぼしたりすることを食い止めることができるはずです。
体内の環境を模した人工体液にチタンを浸し、骨と似た材料と擦り合わせて、どのように腐食や摩耗が進むのかを観察します。生体材料としてチタンはとても優秀で、錆びにくく、金属アレルギーが起きにくく、軽くて強い非常に優秀な生体材料ですが、逆に強度があるために骨折部の補強に使うと周辺の骨が痩せてしまうなどの問題もあります。また、摩耗させるとチタンが削られて摩耗粉が発生し、これが体内で悪さをします。金属側の摩耗現象をまずは正しく理解することで、よりよい生体材料をつくることができると考えています。チタンが錆びにくいのは酸素と親和性が高く、表面に不動態皮膜という強くて薄い酸化膜をすぐに作るからで、チタンの表面が摩耗されてその不動態皮膜が壊されても摩擦を止めると数秒から十数秒でまた不動態皮膜ができます。、面白いことに、不動態皮膜が再形成される暇が無いほど速く摩擦すると、強い力で擦るより、軽い力で擦るとむしろ腐食の影響で摩耗が大きくなることが解りました。
一方で、マグネシウムは錆びやすく、塩化物イオン等が含まれる水に入れるとすぐに腐食されて溶けてしまいます。この時水素ガスが発生するため、水素の製造にもマグネシウムが使われます。生体材料としては、チタンとは正反対のこの性質を利用し、体内で溶ける生体内溶解性材料として利用が考えられています。例えば、ステントの素材にマグネシウム合金を使ったものもありますが、折れた骨を固定する骨プレート等、骨が付くまでの期間限定で使用するものであれば、逆に体内で溶けてそのまま吸収されますので、取り出す手術が不要となり、人体への負担を減らすことができます。
金属には様々な可能性があります。それを使うといまよりも便利になったり、より安全になったり、効率良く製品ができたり、より安価にものが作れたり、そんな「人の役に立つ材料」をどうやって作るか?が、金属材料研究者のものづくりの視点の一つだと思います。解決するには材料がなぜその性質を示すのか?も知らなければなりません。ものづくりと、現象解明の両方に取り組みながら、人と異なることをターゲットにするユニークな研究者でありたいと常に思っております。
金属研究者たちと切磋琢磨できる場 ―日本金属学会―
日本金属学会は私のホーム学会で、研究に関する情報を収集したり、志を同じくする研究者に出会える貴重な場です。年に2回の講演大会には、できる限り毎回参加するようにしています。金属分野の様々な研究者の講演を聞いたり議論をすることで、新しいことを知れたり、新しい研究アイデアが湧いたりするのは勿論ですが、同時に面白い!とワクワクしたり、そんなスゴイ研究してるんだ、と焦ったり、もっと頑張ろうと自分を鼓舞したりと、いろんな感情が湧いてきます。同じ分野の研究者の取り組みはとても刺激になるので、講演が終わった後の休憩時間中や、懇親会の時にさらに話を聞き、それが共同研究に繋がったりするのも醍醐味の一つですし、こうした切磋琢磨できる環境を作ってくれるのが日本金属学会の価値だと思います。また、講演大会は半年に一度の同窓会のようで毎回楽しみにしています。
男女格差のunconscious bias(無意識の偏見)を乗り越える
長らく、兵庫県立大学のダイバーシティ推進室と、日本金属学会と日本鉄鋼協会の合同企画の男女共同参画委員会の委員をやらせていただいております。日本におけるアカデミアの金属材料分野や鉄鋼・非鉄産業には長い歴史と伝統があり、それ故に旧態依然とした男性社会から抜けだせない分野であることは否めないと思います。しかし若い頃は、私自身は女性であることでデメリットを感じたことはほとんどなく、むしろ女性研究者であることが分野的に珍しいが故に、多くの方から顔と名前を覚えていただき、声をかけていただくことが多かったことは逆にメリットだと思っています。ただ、それでもやはり「女性だから」と体力的なことなどを理由にチャレンジを控えてしまったり、あるいはさせてもらえないということが学生時代などにあったように思えます。
「女性だから」「男性だから」というunconscious bias(無意識の偏見)を学生に対して教員側が持たないことで、女子学生が自由に活躍できる場をつくる環境を目指しています。また、女性自身も自分自身に偏見を持たず、やりたいと思ったことになんでも挑戦してほしいですし、教育現場、学会、分野が金属研究に取り組む人を性別に関わらず受け入れ、一緒に頑張る環境をつくるべきだと思っています。
私は環境に恵まれており、結婚や出産には家族のサポートがあり、研究者との両立ができています。男女共同参画の推進は周りの人の理解とサポートが欠かせないと感じています。ただ、研究をするにあたっては、男女の格差は一切ないと思っているので、これからの未来をつくる学生さん、特に女性の皆さんには思ったことになんでも挑戦してみてほしいと心から思っています。アカデミックでも、企業の研究職でも自分の分野を突き進めば、そこに居場所ができるはずです。
名古屋工業大学 工学部材料工学科 金属材料コース 卒業 | |
1996年 | 東北大学大学院 工学研究科 博士前期課程 材料加工学専攻 修了 |
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1999年 | 東北大学大学院 工学研究科 博士後期課程 材料加工学専攻 修了 博士(工学)学位取得 |
1999年度〜2009年度 | 長崎大学歯学部 生体材料学講座(旧歯科理工学講座) 助手 |
2008年より助教 | |
2005年〜2006年 | Oak Ridge National Laboratory, MST division, X-ray and Thin film physics group 客員研究員 |
2009年度〜2011年度 | 名古屋工業大学 機械工学科 渡辺研究室 傾斜機能材料研究所 特任准教授 |
2011年度〜 | 兵庫県立大学 大学院工学研究科 物質系工学専攻 マテリアル・物性部門 材料設計学講座 准教授 |
2015年度〜 | 学科改編により材料・放射光工学専攻に所属変更 |
2022年9月〜 | 材料界面機能研究グループ立上げ |
兵庫県立大学ダイバーシティ推進室 本部推進員(2021〜)
兵庫県立大学男女共同参画室 副室長(2016-2020)
兵庫県立大学女性研究者支援室 室長(2015)
日本金属学会活動
日本金属学会・日本鉄鋼協会男女共同参画委員
日本金属学会・日本鉄鋼協会男女共同参画副委員長(2022)
日本金属学会・日本鉄鋼協会男女共同参画委員長(2021)
本インタビューは2023年11月の内容です。
本内容に関するお問い合わせ、取材依頼は日本金属学会までご連絡をお願いいたします。