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「原子を見て測る」
アトムプローブとの出会い
金属材料の微細組織と特性の関係を理解し、微細組織を最適化して材料の特性を高めるというのが私のこれまでの一貫した研究のテーマです。東北大の学生時代に電界イオン顕微鏡に出会ったことが、私の研究人生の転機になりました。これは、50nm程度の針状試料表面を何100倍にも投影した像から表面原子を直接観察する手法です。この時代の電子顕微鏡は原子分解能を持っていませんでしたから、原子レベルで金属材料の原子を観察できることはとても画期的でした。
その後のペンシルベニア州立大学の博士課程で、電界イオン顕微鏡に分析能をつけたアトムプローブの研究を初め、それを補完するために電子顕微鏡も使いはじめました。さらに、カーネギーメロン大学では、ポスドクとして磁気記録媒体の研究に携わり、電子顕微鏡を使ってハードディスク用の磁性薄膜の微細構造の解析をしていました。
海を越えて届いた学会誌が
研究人生を変えた
ポスドク時代に日本金属学会から船便で2ヶ月ほど遅れて届いた学会報を読んでいると、「鉄シリコンボロン合金に銅とニオブを微量に混ぜたアモルファス合金を熱処理によって結晶化させるとナノ結晶組織が形成され、優れた軟磁気特性が出る」という日立金属のFINEMETの解説記事に掲載されていた電子顕微鏡写真を目にしました。これを見た瞬間に、これこそアトムプローブでしか解析できない金属ナノ組織と確信しましたが、その時はアトムプローブの研究から離れていたので、将来機会があればぜひやってみたいという構想に留まりました。
1990年に東北大学金属材料研究所に移ると、アトムプローブを立ち上げるというミッションが与えられました。当時は市販の装置はありませんから、設計図を書いて自分で組み上げるしかありません。この装置を立ち上げるのにかかった期間は2年。この間、私は装置を完成させて新たなデータを出すまで一切学会にも出席しないという覚悟で、ひたすら実験室に引きこもっていました。そして、装置完成後に最初に研究対象としたのがFINEMETのナノ結晶メカニズムの解明です。原子レベルの分析結果、銅原子が初期に集合体を作り、それが核となってナノ結晶ができることがわかりました。後に同様の実験を行なっているグループが複数あったことを知りましたが、ナノ結晶軟磁性材料のアトムプローブ分析結果を世界に先駆けて報告することができました。
1995年にNIMSの前身の科学技術庁金属材料技術研究所に移り、そこでアトムプローブに位置敏感型検出器を装備して原子のともグラフィーを観察できるように発展した3次元アトムプローブを立ち上げて、アルミニウム合金、鉄鋼材料、マグネシウム合金、金属ガラスなどのナノ組織の研究を行いました。ナノ結晶軟磁性材料についても、今日までに様々な改良が重ねられてきましたが、1992年に解明した原理は、現在でも新しいナノ結晶磁性材料の開発に役立っています。この研究は金属系ナノ材料の走りだと思っています。
私が学生だった時代は、電子顕微鏡の性能はまだまだ低く、画像を映し出すモニターもありませんので、原子像を撮影するにはルーペ越しにぼんやりと見えてくる原子の像を必死で観察したものです。今では電子顕微鏡の高性能化は勿論のこと、その室内設備はセットとなり、1年中安定した温度・空調管理のもと振動を気にすることなく、モニターに大写しされた原子像の撮影をする事ができます。人の歩く振動や声でも画像に揺らぎが出てしまうため、大学に人がいなくなるのを待って夜中に実験を行った学生の頃とは雲泥の差です。とは言え、当時はその時の性能としては最高の装置でしたから、自分の目で原子を見ていることに感動を覚えました。現在、研究室で使用している透過電子顕微鏡は鮮明な画像はもちろん、個々の原子像のコントラストから原子の種類(原子番号)など様々なデータを得ることができます。電子顕微鏡の進歩が私の研究の進歩を支えていると言っても過言ではありません。
材料開発、ものづくりへの貢献を目指して
金属材料の特性は微細組織によって大きく変わりますので、微細組織と特性の関係をナノレベルで明らかにすることは材料開発に欠かせません。金属材料の機械的特性は言うまでもなく、先のナノ結晶軟磁性材料でみられたような金属の磁気特性も大きく微細(ナノ)組織で影響を受けます。原子が規則的に配列する鉄白金という合金は高価ですが、優れた磁石としてのポテンシャルをもつ磁気物性値を持っています。耐食性にもすぐれ次世代のハードディスク用磁気記録媒体への応用が期待されていましたが、それに適したナノ組織、つまり数nmの結晶が一方向に配列し結晶間は磁気的に分断されているような構造を持った薄膜が実現することが困難だったのです。我々は様々な組成と成膜条件で鉄白金炭素の薄膜を成長させ、その都度電子顕微鏡でナノ組織を観察し、磁気特性を測定することで初めて磁気記録媒体に適したFePtナノ結晶構造を作り出すことに成功し、これが現在のハードディスクドライブの新方式である熱アシスト磁気記録の媒体として実用化されています。このように金属材料ではナノ組織を解析し、それを制御することで思いもよらない高い特性や機能が出てきますので、微細組織の研究をすることは様々な応用につながります。このようなアプローチをネオジム磁石へも応用し、自動車用磁石から高価な希少元素であるDyを削減するための基礎的な原理も確立したのが、この10年あまりの代表的な研究成果となっています。
物質・材料研究機構(NIMS)の
理事長としてのミッション
現在は国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)の理事長としての職についています。NIMSの研究者出身者が理事長に就任する初めての例です。NIMSのことは誰よりもよく知っていますので、これをアドバンテージとしてNIMSを特定国立研究開発法人に相応しい成果を上げ続けることができる組織としてさらに発展させたいと思っています。そのためには、これからの素材産業を支える基盤研究を創造できる優れた人財の確保です。私のこれまでの研究者としての経験と知見を活かすことで、人財を活かし、マテリアル研究のための世界最高レベルの環境づくりと研究者への支援ができればと思っております。
正直に申し上げると、研究者として研究を最後まで極めたいという想いを断ち切るのに悶々としましたが、私がこれからやるべきことは研究者としてのこれまでの経験に基づき、これから活躍する研究人材を育成すること、そして、産業界との的確なマッチングによりシーズ研究の成果を社会に役立つ方向に誘導することです。税金を使って研究をする以上は社会から評価をされる研究成果を出し、世の中に大きなインパクトを与えることが求められます。しかし、アカデミアだけで育ってきた研究者はそれをどう達成するかが分かりません。私がNIMS研究者出身の理事長としてできることは、これまでの経験を活かして、彼らの進むべき道を示すことだと思っています。
素材開発は日本の得意分野で長年世界を牽引していましたが、今やその世界的な影響力が低下していると言われています。NIMSが目指すのは国内トップレベルではなく、世界トップレベルの成果です。そのためには優れた人財を起用し、ミッションも重要だが、自由な発想で研究に取り組める環境を維持することも重要です。企業ではなしえないような基盤研究で、社会に貢献することがNIMSのミッションです。
日本金属学会への想い
日本金属学会は学生時代に入会し、大学4年生の時に初めて学会発表の機会をいただき、それから重要な発表はすべて日本金属学会で行って来ました。私のメイン学会であり、ホームグラウンドです。
NIMSは大学ではありませんから、学生の受け入れを直接は行なっていません。しかし、筑波大等6大学との連携大学院制度を活用し、大学院生をNIMSジュニア研究員として受雇用し、NIMSで学位取得の研究を行える環境を整えています。現在149名の大学院生が世界各国から集まり、NIMSで研究に従事しています。日本金属学会には研究職だけでなく、これらの大学院生も会員となっています。金属系材料研究の本丸である日本金属学会の会員の皆様にはぜひNIMS というマテリアル領域をカバーする国立研究開発法人を御理解いただき、研究職、ポスドク、NIMS Jr.研究員(大学院生)の公募情報にご留意くだされば幸いです。
マテリアル分野は金属、セラミックス、高分子、バイオ、半導体、物性物理にまで広がり、金属系材料も政府では「マテリアル革新力強化戦略」の中で議論されます。これからはマテリアルという広い分野の中で金属に関する科学技術の重要性を広く理解してもらう必要があります。このような状況下で、日本金属学会の皆様には広義のマテリアル研究のなかで金属系材料の重要性を高めていただけることを期待しています。
1984年 | 東北大学大学院工学研究科修士課程修了 |
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1988年 | ペンシルベニア州立大学大学院博士課程修了 Ph.D. |
1988年 | カーネギーメロン大学材料科学科 ポスドク |
1990年 | 東北大学金属材料研究所 助手 |
1995年 | 科学技術庁金属材料技術研究所 物性解析研究部 主任研究官 |
2001年 | 独立行政法人物質・材料研究機構 物性解析第2サブグループリーダー |
2004年 | 同 フェロー |
2006年 | 同 磁性材料センター長 |
2016年 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点長 |
2018年 | 同 理事 |
2022年 | 同 理事長に就任 |
本インタビューは2022年11月の内容です。
本内容に関するお問い合わせ、取材依頼は日本金属学会までご連絡をお願いいたします。