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金属の微細組織や原子配列、ランダム性を観察し、原子構造・微細組織構造と材料特性の相関を確立して、よりよい力学特性をもつ金属材料の開発を目指す研究をしています。金属材料の強度、靱性を向上させるために、特に転位と呼ばれる結晶欠陥の運動に注目し、より高性能の高温材料開発に寄与したいと考えています。一般に、強度と靭性は相反する性質であり、両方を具備することは難しいと考えられています。靱性とは金属などの材料のねばり強さであり、ビルや橋などの構造物や、船、飛行機、自動車などの乗り物などいわゆる構造材料にとって大変重要な特性です。強度が高くても靭性に乏しければ、その材料は実用には供する事ができません。ジェットエンジン材料ですと、1300℃以上の高温で十数時間のフライトに耐えることのできる高強度の材料でなくてはなりませんが、衝撃力に対しても破損しない程度に室温付近でもねばくなければその機能を果たすことができません。
また、この靱性は金属材料の加工時にも重要です。例えば、高強度で高温材料として注目されるチタンアルミは、金属間化合物であり、とても硬い素材ですので加工は難しく、このような硬い素材で切削加工を可能にするには、強度に加えて靱性が重要になります。この靱性を付与するには転位が十分に動けるようにしなくてはいけません。しかし、一方で転位が動きやすいということは、柔らかい、つまり強度が高くないことを意味しますので、強度と靱性を具備することのできる最適な原子・微細組織構造をつくり上げていく必要があります。
金属が変形をするとある結晶面、結晶方向に沿ってすべりが起こるので、すべりの痕跡として表面にできたステップを検証することで、転位の運動を捉える事ができ、これを利用してさらに強度・靭性の高い金属材料の設計ができます。室温では変形しないと信じられている金属間化合物やセラミックスでも、試料サイズをミクロン程度まで小さくすると変形できる場合がかなりあります。このような小さな試料の表面にできたステップを観察するには、まず、合金をイオンビームで加工して表面を平坦にして試料を作製し、その後、ダイヤモンドチップを利用して力を加え、試料に変形を与えます。形成されたステップは電子顕微鏡を使って観察しますが、そのステップを作った個々の転位もステップ部を更にイオンビームで加工することにより透過電子顕微鏡を使用して観察する事ができます。
私が学生だった時代は、電子顕微鏡の性能はまだまだ低く、画像を映し出すモニターもありませんので、原子像を撮影するにはルーペ越しにぼんやりと見えてくる原子の像を必死で観察したものです。今では電子顕微鏡の高性能化は勿論のこと、その室内設備はセットとなり、1年中安定した温度・空調管理のもと振動を気にすることなく、モニターに大写しされた原子像の撮影をする事ができます。人の歩く振動や声でも画像に揺らぎが出てしまうため、大学に人がいなくなるのを待って夜中に実験を行った学生の頃とは雲泥の差です。とは言え、当時はその時の性能としては最高の装置でしたから、自分の目で原子を見ていることに感動を覚えました。現在、研究室で使用している透過電子顕微鏡は鮮明な画像はもちろん、個々の原子像のコントラストから原子の種類(原子番号)など様々なデータを得ることができます。電子顕微鏡の進歩が私の研究の進歩を支えていると言っても過言ではありません。
ハイエントロピー合金との出会い、そして研究領域の躍進
近年ではハイエントロピー合金に着目し、研究を進めています。ハイエントロピー合金とは2004年に台湾国立清華大学の葉 均蔚教授がその概念を提唱したもので、5種類以上の元素をほぼ同等の割合で混ぜ合わされた合金のことで、強度と靭性がずば抜けて高いことが特徴です。葉教授を指導した教授は京都大学で博士号を取得した方ですから、京都大学での金属に関する教育・研究がハイエントロピー合金というコンセプトの誕生につながったのかも知れません。
ハイエントロピー合金は、当初、5種以上の金属をほぼ同等の割合で混ぜ合わせたものと定義され,クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケルの5元系合金がプロトタイプでしたが、近年では、高強度・高靭性を得るには5種以上の元素は必ずしも必要ではなく、クロム、コバルト、ニッケルの3種類でも更なる高性能が得られる事が分かってきました。さらに、組み合わせる金属元素を原子半径差を考慮して選択すれば、原子位置の結晶格子点からのずれ(原子変位)を大きくすることができ、合金の強度が増加することが解明できたため、原子変位を制御することで、目指す合金の強度の予測ができるようになりました。
2018年には日本金属学会の会報誌『まてりあ』にて、ミニ特集【ハイエントロピー合金の研究最前線】という特集を組ませていただいたり、日本金属学会の講演大会では、ハイエントロピー合金に関するシンポジウムを開催し、葉教授に基調講演をしていただいたりしました。また、ハイエントロピー合金をテーマにしたシンポジウムを日本金属学会の講演大会で5年間継続して開催しました。ハイエントロピー合金のような新学術領域は無限の可能性があり、この研究を飛躍させるためには関わる研究者、協力者を増やしていくことがとても重要です。講演大会などの場で、積極的に研究発表を行い、様々な観点から議論を交わすことで新たな共同研究、そして新たな挑戦が生まれるのです。この5年間で当初は領域に関わっていなかった研究者たちにも多く参加いただけるようになり、領域が活性化し、大いなる躍進を遂げることができました。
原子サイズに着目し、ハイエントロピー合金の未知なる可能性に挑む
FCC系のハイエントロピー合金については多くの研究が行われてきましたが、まだまだBCC系のハイエントロピー合金には未知の領域があります。例えば、BCC系ハイエントロピー合金には高温で高強度を維持するという特異な性質をもつ合金が存在しますが、その多くは低温で脆いことが現状の課題です。したがって、この低温での脆ささえ克服できれば、素晴らしい機能を持つ構造材料になる可能性を秘めているわけです。
従来合金は、鉄基合金やニッケル基合金などと呼ばれるように、状態図の隅の近傍の組成で様々な元素を少量ずつ入れて、主元素の特性を少しずつ変化させていくという合金化をしていました。ところが、ハイエントロピー合金では、状態図の中央部の組成で新たな合金探索をするのであり、これまでとは異なる未開の領域であり、素晴らしい機能を持つ新たな合金が発見できる可能性が大いにあります。これまで蓄積してきた金属の転位に関する知見や、強度を左右する因子として原子変位に着目することでハイエントロピー合金の未知なる可能性にも挑んでいきます。
未来の研究者たちへ伝えていくということ
今後、さらなる研究を進めていくことはもちろんですが、これまで長きにわたり研究をしてきた転位について書籍という形にして残したいと思っています。先人の先生方がまとめてきたものに加え、近年判明した新たな事象をまとめていくことで、これから金属研究に携わる未来の研究者たちに残せるものがあると信じています。
1988年 | 大阪大学大学院工学研究科博士後期課程金属材料工学専攻修了 |
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1988-1989年 | アメリカ合衆国・ペンシルバニア大学, 博士研究員 |
1989-1996年 | 京都大学工学部 金属加工学科(現物理工学科材料科学コース)助手 |
1996-2004年 | 京都大学大学院工学研究科 材料工学専攻 助教授 |
2004年より現在 | 京都大学大学院工学研究科 材料工学専攻 教授 |
受賞 |
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1992年 日本金属学会、日本金属学会奨励賞 |
2000年 日本金属学会、功績賞 |
2012年 日本金属学会谷川ハリス賞 |
2019年 日本金属学会増本量賞 |
2019年 本多フロンティア賞 |
2021年 アレキサンダー・フォン・フンボルト賞 |
2022年 第19回村上記念賞 |
本インタビューは2023年12月の内容です。
本内容に関するお問い合わせ、取材依頼は日本金属学会までご連絡をお願いいたします。